泥沼7連敗も「自分がやってやる」 森保監督の“教え子”が誓う逆襲…古巣戦で示した覚悟「一番は熱量」

水戸の仙波大志【写真:徳原隆元】
水戸の仙波大志【写真:徳原隆元】

プロの舞台で初めてとなった古巣との一戦で巻いた腕章

 水戸ホーリーホックが泥沼の7連敗にあえいでいる。ホームにサンフレッチェ広島を迎えた10月31日のJ1リーグ第13節でも、前半に退場者を出す数的不利の状況で0-3の完敗を喫した。この一戦で森直樹新監督から初体験のゲームキャプテンを託されたボランチの仙波大志。自身の生まれ故郷にあり、プロの第一歩も踏み出した古巣・広島と初めて対峙した90分間を振り返った言葉のなかに逆襲へのキーワードがあった。(取材・文=藤江直人)

【PR】日本人選手の活躍を毎節無料で!ABEMAでブンデスリーガ放送中!

 サプライズをはるかに超越していた。青天の霹靂と言っても良かった。ホームの水戸信用金庫スタジアムにサンフレッチェ広島を迎える、J1リーグ第13節を翌日に控えた10月30日の練習中だった。

 水戸ホーリーホックの仙波大志は、森直樹監督から「やるか」と声をかけられた。短い言葉を介して託されたのは広島戦でのゲームキャプテン。仙波は「本当にびっくりしました」と苦笑しながらもこんな言葉を返した。

「じゃあ、やります」

 今シーズンの水戸のキャプテンを担い、エースストライカーとしてチームトップの5ゴールをマークしていた渡邉新太が左膝内側側副靭帯を損傷。10月以降の戦いで戦線離脱を余儀なくされていた。

 渡邉に代わってゲームキャプテンを務めた副キャプテンの鳥海芳樹も、初陣だった10月11日の清水エスパルス戦で負傷退場。同17日の浦和レッズ戦からは同じく副キャプテンの木本恭生が左腕に腕章を巻いてきた。

 広島戦では木本ともう1人の副キャプテン、板倉健太が左右のセンターバック(CB)で先発している。森監督から「特に説明はなかったです」と苦笑した仙波のなかで、大役拝命の理由として思い当たる節があった。

 広島県府中町で生まれ育った仙波は広島主催のサッカースクールに参加した3歳の時にサッカーを始め、小学生年代のジュニアから中学生のジュニアユース、高校生のユースと広島一筋で育ったキャリアを持つ。

 トップチームへの昇格こそ叶わなかったものの、流通経済大学を経て2022シーズンから広島に加入。サガン鳥栖との開幕戦で先発を射止めたが、その後はなかなか試合に絡めないまま2022年7月に当時J2のファジアーノ岡山へ期限付き移籍。2024シーズンの後半には同じくJ2のザスパクサツ群馬へ期限付き移籍した。

 昨シーズンに満を持して広島へ復帰したが、リーグ戦で一度もピッチに立てないまま昨年8月にJ2を戦っていた水戸へ期限付き移籍。悲願のJ1初昇格とJ1百年構想リーグを経て今年6月に完全移籍へ移行した。

 つまり広島とのJ1第13節は覚悟を決めて袂を分かち合い、決意も新たに水戸を背負い始めた27歳の仙波が、プロの舞台で初めて古巣の対峙する一戦だった。加えて浦和戦の前半開始わずか10分に「著しく不正なプレー」で一発退場を宣告され、2試合の出場停止処分を科されていた仙波の復帰戦でもあった。

 開幕から浦和戦前まで9試合続けて先発フル出場していた仙波が脈打たせる責任感。さらに広島との初対戦へ高ぶらせる武者震いの思い。それらを見越した森監督が大役を授けたのか、と問われた仙波はこう答えた。

「多分そうだと思っています、はい」

 しかし、キックオフ前の時点で水戸が17位、広島が3位で迎えた一戦は想定外の展開を見せた。

 前半開始わずか6分で木本が脳震盪を起こし、家泉怜依との交代を余儀なくされた。さらに同21分には、広島FW鈴木章斗に対する「決定的な得点機会の阻止(DOGSO=Denying an Obvious Goal-Scoring Opportunity)」でDF真瀬拓海が一発退場を宣告された。

 浦和戦に続く数的不利での戦い。システムを<4-4-2>から<3-1-4-2>に変え、大崎航詩と組んだダブルボランチからアンカーに変わった仙波は「僕が言うのも何ですけど」と断りを入れながらこう続けた。

「僕が退場したレッズ戦はほぼずっと守備に回って、前に出られなかった課題があったなかで、今日は前に出て点を取りにいく、という姿勢は見せられました。ただ、結果的には0-3で負けてしまったので」

 仙波が悔しがったように、前半30分に鈴木にアクロバティックな右足ボレーを決められて先制された水戸は、後半9分に日本代表のDF中野就斗に、同38分には途中出場のMF菅大輝に追加点を許して完敗した。

 耐え忍んだ最後の最後に決勝点を喫した浦和戦で「4」に伸びていた連敗は、仙波が出場停止中だった岡山戦、6失点で大敗したFC東京戦に広島戦を加えて「7」へ伸びた。そのうち6試合が無得点に終わっている。

 連敗が始まる前は11位と健闘していた水戸は19位にまで落ちた。FC東京戦後に樹森大介監督を解任。J1昇格へ導いた後はフットボールダイレクターに就いていた森氏が監督に復帰しても悪い流れは止められない。

 それでも実に26シーズンに及んだJ2での長く、苦しい戦いを糧に、ファン・サポーターの熱い思いも背負って昨シーズンのJ2を制覇。夢の舞台へたどり着いた歴史の一部を知る仙波は絶対に下を向かなかった。

「いろいろな人の思いのおかげで水戸がJ1にいられる状況を自覚して、責任感をもってここまでプレーしてきました。そこは絶対にぶらさずに、次の試合へ向けて全員で意思を統一していきたい。これからはセカンドボールをしっかりと拾って、常に自分たちが攻撃し続けたい。敵陣で相手選手を後ろ向きにすればプレスも効いてくると思うし、そうすれば自ずと水戸のサッカーが、みんなが求めている水戸のサッカーができると思う」

 J1リーグ戦での出場は、ルーキーイヤーのわずか2試合にとどまった。それでも仙波にとって、広島は今でも「僕の人生とずっと一緒にあったクラブ」と言わしめる存在であり、クラブを移っても身長164センチ・体重62キロの小さなサイズで、チームに前への推進力を与える選手になるために絶えず試行錯誤を繰り返してきた。

 ユース時代にはトップチームの練習にも参加。当時の広島の指揮官として仙波も指導し、現在は日本代表を率いる森保一監督は今年前半のJ1百年構想リーグで水戸の試合を視察した際に、J2クラブへの期限付き移籍を繰り返した末に国内トップカテゴリーでプレーする仙波の姿に、まるで父親のような心境で目を細めている。

「技術と気持ちを兼ね備える大志は、小柄な選手たちに夢や希望を与えてくれる存在だと思っている」

 前に出ていったものの、広島戦で水戸が放ったシュートはわずか3本。仕事をする機会がなかったユース同期生の守護神・大迫敬介をはじめ、顔馴染みの選手ばかりだった広島戦を終えた仙波は「ちょっと変な感じがしましたけど、だからこそ水戸のサッカーを見せたかった」と悔しがりならも巻き返しへのキーワードを挙げた。

「一番は熱量じゃないですか。誰かがやってくれる、ではなくて自分がやってやる、という熱量だと思う」

 試合後には大迫から、舞台をエディオンピースウイング広島に移した再戦へ「楽しみにしているよ」とエールを送られた。仙波の生まれ故郷の敵地に乗り込む、最終節の1つ前の来年5月29日に笑顔で再会するために、まずは勝ち点1ポイント差で18位につけるジェフ千葉のホームに乗り込む8日の次節で連敗を止めてみせる。

(藤江直人 / Naoto Fujie)



page 1/1

藤江直人

ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。

今、あなたにオススメ

トレンド

ランキング