日本に“挑戦”するスウェーデン 旋風から32年…同じアメリカの地、ボールはどちらに転がるか

1994年のアメリカW杯を席巻したスウェーデン代表
スウェーデン代表と聞くと、1994年にアメリカで行われたワールドカップ(W杯)を思い出す。強豪国が次々と敗退する波乱の中、自慢の攻撃力を爆発させて快進撃。準決勝でブラジルに惜敗したものの、3位決定戦でブルガリアに大勝して3位に入った。
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攻撃を操ったMFトマス・ブロリン、金髪のドレッドロックで右サイドを駆け上がったFWヘンリク・ラーション、そして何よりすごかったのは最前線のFWケネト・アンデション。193センチの高さで空中戦に強く、高い技術でゴールを量産した。ゴール後の両手の人差し指を突き出すパフォーマンスも印象的だった。
ダラスで行われた決勝トーナメント1回戦ではサウジアラビアと対戦。この大会で旋風を巻き起こしていたアジア1位チームを高さで圧倒し、2得点した。アジアと世界の差を見せつけられたような思いがした。
当時、選手たちを突き動かしていたのはハングリー精神。ブロリンやラーション、アンデションらはすでに海外のリーグでプレーしていたが、半数はスウェーデンリーグの選手。プロといってもシーズンは短く給料も安い。多くの選手は他に仕事を持つ「セミプロ」だった。
好セーブ連発で3位に貢献したGKラベリも地元クラブでプレーしながら電気店のセールスマンをしていた。みな「サッカーだけで食べていきたい」という思いでW杯を戦っていた。
今は世界中の選手の情報がリアルタイムで手に入るようになったが、当時のW杯は「選手の見本市」だった。ここで活躍し、当時最強だったセリエAや創設直後のプレミアリーグなどの強豪クラブの目に留まることが選手のモチベーションだった。アンデションもこの後、フランスを経てイタリアへとステップアップ。常に「高さ」が武器だった。
74年西ドイツ大会で活躍したFWラルフ・エドストローム、2000年代に世界屈指のストライカーと言われたFWズラタン・イブラヒモビッチ、そしてアンデション。伝統的にスウェーデンの強さは「高さ」にある。今回のアレクサンデル・イサクとヴィクトル・ギェケレシュも高い。今の日本なら簡単にやられることはないと思うけれど「高さ」は脅威だ。
日本の過去のスウェーデンとの対戦は1勝3分け1敗。1勝は今から90年前、ベルリン五輪でのもの。アジアから鉄道で2週間かけて初めて五輪に挑戦した弱小国が、優勝候補と言われた強豪に3-2で逆転勝ちした。長く「ベルリンの奇跡」として語り継がれる日本サッカーの快挙だった。
以後は3分け。FIFAランクが上のスウェーデンに挑戦した形だったが、最後の対戦から24年がたち、日本の成長は目覚ましい。低迷していたスウェーデンをFIFAランクでも逆転し、今回は挑戦を受ける形になる。
32年前、同じアメリカの地で旋風を巻き起こしたスウェーデン代表「ブローギューラ(スウェーデン語で青と黄)」。グループステージ突破は確実な日本だが、難敵の待つ決勝トーナメントにつながる試合をしてほしい。もちろん、丸いボールはどちらに転がるか分からない。それでも、今の日本なら古豪相手にも強さを見せつけてくれるはずだ。
(荻島弘一/ Hirokazu Ogishima)
荻島弘一
おぎしま・ひろかず/1960年生まれ。大学卒業後、日刊スポーツ新聞社に入社。スポーツ部記者として五輪競技を担当。サッカーは日本リーグ時代からJリーグ発足、日本代表などを取材する。同部デスク、出版社編集長を経て、06年から編集委員として現場に復帰。20年に同新聞社を退社。

















