日本代表にも還元した“新境地”開拓 堂安律のウイングバック挑戦…恩師「必要だと思った」

フライブルク時代に師事したシュトライヒ監督が当時を回顧
北中米ワールドカップ(W杯)のグループステージ初戦で強豪オランダ代表に2-2で引き分けた日本代表は、第2戦で監督交代問題に揺れるチュニジア代表に危なげなく4-0で快勝した。
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終始試合の流れをコントロールし、しっかり4得点を挙げたことは確かなチーム力の表れであり、何より相手のシュート数を2本、枠内シュート0本に抑えた組織的守備には、各国メディアから称賛の声が相次いでいる。
そんな日本代表において、特徴的なのがウイングバックのポジションだ。本来オフェンシブなポジションでプレーするのを得意とする堂安律、中村敬斗の二人が守備面の不安をまるで見せることなく、攻撃面でも巧みにアクセントを加えていく。日本の攻守のバランスは極めて高いレベルにあるが、なぜ彼らはこれほどまでに攻守に献身的なプレーができるようになったのだろうか。
今回は、堂安のターニングポイントを振り返ってみたいと思う。
2024年10月のボーフム戦後、当時フライブルクで監督を務めていたクリスティアン・シュトライヒに試合後、直接訪ねる機会があった。それまで4バックだったフライブルクが攻守のバランスを取り戻すため、5バックへの移行を決断したシュトライヒ。守備が安定し、少しずつチームパフォーマンスがよくなってきていた時期だったが、堂安を右ウイングバックとして起用したことは地元記者にとっても、ファンにとっても驚きだった。その時期の堂安は調子を落としており、ボールロストが増え、得意とするプレーを出す機会も減っていたのだ。
「いまリツ・ドウアンはアウトサイドで上下動をする役割を持ってプレーしている。代表戦がたくさんあって、歯のオペもあった。親知らずを抜く必要があったんだ。(調子を少し落としている)リツにはラインが必要だと思ったんだ。そしてサイドラインからゴールへ向かうというプレーをイメージしてもらったら、彼の持つゴールへの危険性が出てくると。それがうまく機能するかはわからなかったが、試してみようと思った」
そんな監督の意図を堂安はどのように受け止め、実際にピッチで戦っていたのか。24年12月のヨーロッパリーグ・オリンピアコス戦後に本人は次のように振り返っている。
「監督は自分の特徴を生かしたいと、僕が1対1で仕掛ける場面を作れるようにと考えてくれている。トップ下でプレーすると、あんまり中に縦パスを入れないクラブというのもあって、ボールになかなか触れないというのを監督とも話しています。真ん中で受けるとやっぱり360度から(相手が)くる。自分的にも調子が悪いときは中でもらうのが難しい。サイドで受ければシンプルに、目の前の敵を抜けばいいだけになる。そういった意味では監督のアイディアも理解しています。もちろん守備でのタスクは増えますけど、そのおかげでサイドの攻防も強くなっていると思うので、メリットもあるかなと思います」
ポジションが変わったからと、それを言い訳にやるべきことをやらないことが許されるわけではない。ハードワークをベースにしたチームプレーはフライブルクにとって生命線。どれだけ足を止めずに、頭の回転を止めずに試合に関わり続けられるかを監督は常に見ている。
「ハードワークをしないと監督は使ってくれない。逆にそれを見せ続ければ、攻撃のクオリティーはすごく評価してくれる。プレーのシャープさやハードワークを見せていれば90分使ってくれるというのを、監督も見せてくれている」
守備への貢献、チームへのオフザボールでの関与。これはフライブルクに来る前から堂安が認知し、それを改善するためにフライブルクというチームを選んだという背景がある。そして堂安は生粋の負けず嫌い。それは我を貫き通すということではなく、周囲からのアドバイスを受け入れないということでもなく、自分が成長するために必要なことに誰よりも貪欲ということだ。
フライブルクに来てからずっと成長していると常々口にしていた堂安。「何があったから自分は成長してきたと思うのか」を尋ねてみたことがあった。
「続けてきたからじゃないですか。今日やって来週すぐ結果が出るわけじゃない。調子が悪いときでもやり続けることによって、今がある。いつチャンスが来るかわかんないんで、続けることに意味があると思います。他の選手に負けたくない気持ちは常にあります。他の選手が活躍する姿とかを見て、それなら自分にもできると思いながらやっていましたね。負けず嫌いなんで。そこが自分を後押ししてくれたなと思います」
即答だった。常に考えていることだからだろう。よどみなく、はっきりとした言葉で語っていた姿が、今も強く印象に残っている。
堂安とシュトライヒはいつも真摯に向き合っていた。良いことは良い、ダメなことはダメ。シュトライヒは堂安について、こんなふうに話していたことがある。
「いつでも真剣で、規律正しい人間だから、成長している。試合の分析でもなんでも、私が何か話をすると、いつも真剣にしっかりと聞こうとする。これはとてもポジティブな要素だ。中には『監督は何を言っているんだ? 俺には関係ないね』と思う選手だっているだろう。でも彼は違う。だから試合でもいいプレーを見せてくれるんだ。クラブのために戦うことをいとわない。競り合いに強くなり、ピッチ上での存在感が増し、ボールを持ってプレーできるのは以前からわかっていたが、これまで以上に戦えるようになった」
堂安もシュトライヒのことを心から信頼し、リスペクトの思いを持ち続けていた。成長の大きな要因として、シュトライヒの存在を本人も口にしていた。
「監督じゃないすかね。一つの妥協も許さない監督なので。練習でも、試合でも本当にサッカーのことしか考えない。生活の9割でサッカーのことしか考えないような生活になっています。素晴らしい監督だと思いますし、僕の中では本当にいい監督に出会えたなと思っています」
守備的なポジションだからと守備一辺倒になることもない。守備での対応が向上し、競り合いに強くなり、長い距離を何度も走れるようになり、深い位置からのゲームメイクが洗練された。どんな状況でも、どんな位置からでもチャンスに絡める選手になったのだ。
フライブルクでの堂安の成長があったからこそ、森保一監督も日本代表でのウイングバック起用に踏み切れたし、そこがうまくいったからこそ、中村の左ウイングバック起用にもチャレンジすることができた。
堂安を信頼するからこそ高い要求を続けたシュトライヒ。シュトライヒの期待に応えることが自分の成長につながると信じて取り組み続けた堂安。
フライブルクで積み重ねられたそんな日々があったからこそ、いまW杯の舞台で堂律はウイングバックとして攻守に躍動しているのだ。日本代表の強さは、日本代表だけで生まれたものではない。欧州クラブで積み重ねてきた成長の物語が、チームの中でいま、結実しているのである。
(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)

中野吉之伴
なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)取得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなクラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国で精力的に取材。著書に『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。
















