日本代表は「マグニフィセント」 英国でも変貌した評価…驚愕の4-0がもたらした“余波”

北中米W杯に挑む森保ジャパン【写真:徳原隆元】
北中米W杯に挑む森保ジャパン【写真:徳原隆元】

BBCの生放送ではチャーリー・アダムが解説した

 日本の第2戦は英国の現地時間で午前5時キックオフとなり、BBCの生放送は両チームが入場する直前の4時50分から開始された。

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 前回の午後9時キックオフだったオランダとの初戦は1時間前から放映され、ロイ・キーン、ガリー・ネビル、アンジェ・ポステコグルーの3人が並ぶ豪華解説陣が試合前の展望を語り、ハーフタイム、そして試合終了後も熱い口調で試合を振り返った。

 しかし、今回は早朝の対戦で解説は元スコットランド代表MFでリバプールでもプレーしたチャーリー・アダムただ一人。しかもハーフタイムには同組のオランダvsスウェーデン、そしてドイツvsコートジボワールのハイライトを見せるという構成で、オランダ戦の時のように有名解説者が日本を絶賛するおいしいコメントが激減してしまった。

 ただしアダムは試合後、これまでの日本代表について決して使われなかった形容詞でサムライブルーを称賛した。

 かつてW杯でこれほど日本がワンサイドで勝利した試合があっただろうか。4-0という結果は無論、試合内容も4点を奪った一方、相手に枠内シュートを1本も打たせずというもので攻守に渡り完璧だった。

 しかも4ゴールとも非常にクオリティが高かった。試合開始早々の前半4分に決まった先制点は鎌田大地の芸術的な左足ヒールのフィニッシュ。同31分の2点目は上田綺世が相手DFの股を抜く驚愕のミドルを決めた。

 こうなるとアダムの解説も一方的になった。「日本選手は非常にアスレティック。非常にフィットしてコンディションが良い。しかも技術が高く、組織力がしっかりしている。チュニジアに付け入る隙を与えない」ときっぱり。

 後半に入った直後から少し“アグレッシブになった”とチュニジアを褒めたが、後半24分に伊東純也の3点目が決まると2試合目での敗退が色濃くなって、相手が完全に沈黙。さらには上田がこれまた芸術点が高いループのヘディングシュートを決めて、日本が最終スコアを4-0とした。

 この結果を見たアダムは日本を「Magnificent」と語った。

 この『マグニフィセント』という形容詞が日本代表に使われるとは思わなかった。

 これは『すごい』『素晴らしい』という意味の言葉だが、壮大で力強く、堂々として際立っている、というニュアンスを含んでいる言葉である。 

 古い映画で申し訳ないが、1960年に黒沢映画の名作『七人の侍』を西部劇にアレンジして世界的に大ヒットした『荒野の七人』の原題は『The Magnificent Seven』。オールスターキャストの、文字通り壮大なアクション映画だった。

 そうした“マグニフィセント”という言葉でチュニジアを一蹴した勝利が讃えられた瞬間、これまで英国のW杯解説で“フィジカルの弱さ”が指摘され続けていた日本代表が、その弱点を豊富な運動量と組織力で克服し、世界の強豪国にとっても本当に侮れないチームに変貌したと感じだ。

 これは余談になるが、思わず「おっ!」と唸ってしまったのは、森保監督がハリー・ケインとの2ショットを自撮りしたというエピソードがこの試合中に紹介されたことだった。

 これはもうすでに日本の方で話題になっているはずだと思って、試合が終わってすぐにオンラインでチェックしたら、やはり無数の記事がヒットした。

 そして撮られた方のケインの母国イングランドでもこの話題が“ナイス”と好意的に伝えられたのだ。

 これも日本が強豪オランダを相手に試合終了間際の同点弾を決めて、チュニジアに大勝したこと。イングランドも難敵クロアチアに、少なくとも筆者が今世紀になってから見たこともないほどアグレッシブに攻めて4-2で勝利を飾った両国のポジティブな余波だと思う。

 2回目のW杯で森保監督にもそれだけの余裕が生まれたのだろう。ベスト32に進出しても厳しい相手が待ち受けてはいるが、なぜか今回は非常に楽観的でいられる。

 これまでのW杯では日本戦が近づく度に、もちろん楽しみではあったが、なんとも言えない恐れも感じたものだ。

 しかし今の日本はマグニフィセント。ただただ力強く前を向き、次のスウェーデン戦も確かな勝利の予感に包まれている。

(森 昌利 / Masatoshi Mori)



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森 昌利

もり・まさとし/1962年生まれ、福岡県出身。84年からフリーランスのライターとして活動し93年に渡英。当地で英国人女性と結婚後、定住した。ロンドン市内の出版社勤務を経て、98年から再びフリーランスに。01年、FW西澤明訓のボルトン加入をきっかけに報知新聞の英国通信員となり、プレミアリーグの取材を本格的に開始。英国人の視点を意識しながら、“サッカーの母国”イングランドの現状や魅力を日本に伝えている。

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