冷遇→突如再生…導き出したベリンガムの最適解「彼は本当におかしい」 岡崎慎司も唸るトゥヘルの剛腕

トゥヘル監督は2025年1月に就任した
1996年から英国に定住して、奇しくも日本代表が初出場した1998年のフランス大会からこの国でW杯を見続けて今回で8回目となった。
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1966年に自国開催して初優勝を飾ってから今年でちょうど60年。8か国しかない世界王者の一角を占めてかろうじてフットボール発祥国のプライドを保ってはいるが、イングランドとしては本当にもうそろそろ2度目のW杯優勝を達成したいところである。
しかし、この国で見続けたイングランドのW杯はーー妻の母国であり、息子と娘の国でもあるイングランドを心の底から応援したこともあるが、お家芸とも言えるPK敗退も多く、本来の力を出し切ったとは言えない敗退が目立ち、本当にモヤモヤとしたフラストレーションばかり色濃く蓄積させた。
けれども今回は、また懲りずにとも思うが、ひょっとしたらひょっとするという気持ちでいる。
その根拠はトーマス・トゥヘルである。
トゥヘルと言えば、すぐに思い出すのがマインツ時代に毎週のように違う練習方法を指示された岡崎慎司が「彼は本当におかしいですよ」と言った言葉だ。
そんな岡崎の証言通り、トゥヘルはエキセントリックとも言えるほど全身全霊でフットボールにのめり込む男だ。自分が効果的と信じた練習法を次々に編み出し、常に新たな戦略作りに没頭する指導者。タッチラインでも強烈な個性が現れ、まさに“狂気の科学者”というイメージがぴったり当てはまる。
これからクラブ・フットボールの頂点を極める51歳という年齢で代表監督に就任した決断には驚いたが、そのまだまだ監督としてのエネルギーが充満した盛りの年だからこそ、ドイツ人知将が問題が多かったイングランドを一つにまとめつつあるように見える。
監督としてのエネルギーに満ちているからこそ、最も重要で扱いにくいジュード・ベリンガムを見事に手中にした。
トゥヘルが正式にイングランド代表監督となった2025年1月から、日本との親善試合を行った今年の3月末まで、ドイツ人指揮官はあからさまにベリンガムを冷遇した。
昨年10月にRマドリードの大スターを代表メンバーには招集しなかった時には英メディア上で論争が起こった。もちろん今季のベリンガムはコンディションの維持に苦しみ、毒のようなエゴがどす黒く渦巻くチームの中でもがき続けて、不振に陥っていた。出場試合数はRマドリードでデビューを飾った2023-24年シーズンの28試合に並んだが、ゴール数は『19』から『6』に激減した。
しかし、ベリンガムが絶好調となれば、攻守に優れた世界有数の万能MFであることは間違いない。しかも年齢はまだ22歳。もちろん実力に見合ったエゴも持ち合わせているが、コンディションが整い、メンタル面を正しい方向に向かわせれば華麗な復活も夢ではない。
その確かな復活の予兆を、ベリンガムが大会直前の親善試合で見せた。
トゥヘルは就任以来、頑として心身ともに最高のコンディションでなければベリンガムを使わなかった。しかもレアルで苦しむ間、アストン・ビラを躍進させたウナイ・エメリの下で急成長した幼馴染のモーガン・ロジャーズを同ポジションで優先した。
イングランドの選手層は大会随一
ところが本番直前となってトゥヘルはベリンガムに背番号10を与えた。長い冷遇の末に突如として絶大な信頼を与えた形だ。そして栄光に飢えたベリンガムが、6月10日に行われたコスタリカ戦で本来のクオリティを発揮したのである。
前半、ノニ・マドゥエケへのスルーパスは見事としか言いようがなかった。後半、相手のハンドボールを誘い、PKを勝ち取ったエゼのシュートはボックス内で“まさに足にボールが吸い付くようなドリブル”で相手DFを交わしたベリンガムがアシストした。
このパフォーマンスで、ベリンガムは本番でも真価を発揮することを確約したと思う。となれば、フランスのキリアン・エムバペ、スペインのラミン・ヤマルと並び、W杯という最高峰の舞台で試合の流れを一変させる、創造性の溢れた選手になり得る。それだけのクオリティとポテンシャルを持ち合わせている選手であることは誰もが認めるところだ。
もちろんこの流れを本番に繋げなければ何もならないのは承知だが、優勝の鍵となるベリンガムを大会直前で本来の姿に戻したトゥヘルの手腕に脱帽したい。
しかもイングランドには円熟したゴール・マシーンとなったハリー・ケインがいる。近年のイングランド・ゴールの30%に絡むケインは、ドイツ王者のバイエルン・ミュンヘンで過ごした3シーズンで完璧なるアタッカーとして完成した。
さらに48か国を見渡してもイングランドの選手層の厚さは大会随一だ。GKに少々物足りなさは感じるが、そこを補って余りある陣容である。
そんなイングランドの最大の不安点は、自国のプレミアリーグを主戦場にする選手が多く、勝っている時はいいが、苦しい体勢になると普段のライバル意識が表面化して、お互いに敗因を押し付け合い、チームが最悪の雰囲気に陥ることだ。
これはもう8年前になるが、スティーブン・ジェラード、フランク・ランパード、リオ・ファーディナンドの有力OB3人が解説席に並んで、過去の代表経験を振り返り、いかにチーム内の雰囲気が『険悪』だったか証言した。
しかしそんな伝統とさえなっている選手間の軋轢を今回のベリンガムの操縦で見せたトゥヘルの剛腕が解決すると期待する。
それに主将ケインがドイツ、そして復活したベリンガムがスペインでプレーすることもプラスに働くかも知れない。大陸を主戦場する二人のエースが、母国の島国根性を客観的に諌めることも期待したい。
果たしてフットボール発祥国の代表が60年振り2度目の悲願を果たすことができるのか。それは今回の参加国監督を見渡しても“全盛のオーラ”をまとったトゥヘルの、常識を越えた情熱と辣腕にかかっている。
(森 昌利 / Masatoshi Mori)
森 昌利
もり・まさとし/1962年生まれ、福岡県出身。84年からフリーランスのライターとして活動し93年に渡英。当地で英国人女性と結婚後、定住した。ロンドン市内の出版社勤務を経て、98年から再びフリーランスに。01年、FW西澤明訓のボルトン加入をきっかけに報知新聞の英国通信員となり、プレミアリーグの取材を本格的に開始。英国人の視点を意識しながら、“サッカーの母国”イングランドの現状や魅力を日本に伝えている。
















