プレミア名手らを魅了「アイツ良かったぞ」 英国で求められる“凄足”日本人「次はいつ呼ぶんだ」

木谷将志氏は2019年に英国に移住した
日本代表は、6月11日に開幕する北中米ワールドカップ(W杯)に向けて準備を進めている。菅原由勢や冨安健洋をクライアントに持つトレーナーの木谷将志氏。吉田麻也の専属トレーナーになったのをきっかけに、2019年に英国に移住。現在は英国を拠点にフリーランスとして世界各地を飛び回っている。多くのプレミアリーガーをクライアントに持つ“唯一無二”のトレーナーに迫った。(取材・文=FOOTBALL ZONE編集部・井上信太郎/全2回の1回目)
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吉田との出会いは2013年。東京・国立競技場で行われた藤田俊哉さんの引退試合にメディカルスタッフとして参加した。イングランド・プレミアリーグのサウサンプトンでプレーしていた吉田も参加。当時、グロインペイン(鼠径部痛症候群)を発症していた吉田の治療を担当した。その縁がきっかけとなり、名古屋でクリニックをやっていた木谷氏の下に、日本代表の試合があった吉田が訪れて再び治療をした。そこから交流が深まり、専属トレーナーとして活動することになった。
「治療してすごく良好になったので、『一回イギリスにも』という話をもらって。そこからちょこちょこ行くようになったんですよね。一番最初は年に1回とかだったんですけど、最後の方は2か月に1回とかになっていって。ある時、長く滞在した時があって、その時にサウサンプトンの吉田以外の選手を担当したんですよね。その時にサウサンプトンの選手たちが気に入ってくれたんです」
最初に見たのが、当時ポルトガル代表のジョゼ・フォンテだった。吉田が「今、日本からフィジオが来ているよ」と話すと、健康マニアのフォンテは興味津々。足で体を踏むイギリスでは珍しい施術ということもあり、実際に治療をする機会をもらった。
「足を使うことで、手よりも3~4倍の圧力をかけることができるし、どうしても足じゃないとできない部分があるんです。もちろん、足を使わなくていい箇所は使わないですけどね。ジョゼも最初は疑心暗鬼でしたよ。でも一回受けてくれて、『アイツ、めっちゃ良かったぞ』って言ってくれて。そこから広まっていきましたね」
イングランド代表のジェームズ・ウォード=プラウズやポーランド代表のヤン・ベドナレク、デンマーク代表のピエール・ホイビュアらクライアントが増えていった。日本代表が北中米W杯の初戦で対戦するオランダ代表のフィルジル・ファン・ダイクの施術も行ったこともあった。
「もう、いろんな選手触りましたけど、ファン・ダイクの衝撃を超える選手は誰もいないですね。大きさ、筋肉のつき方や働き方もそうですし。あれで筋トレしてないと言うので、いい意味で化け物ですよね。まだ当時はリバプールに移籍する直前だったので、若かったですし、本当にすごかった。あれはギフテッド(与えられた才能)ですよ」
選手に“口コミ”で広まっていき、吉田には「次はいつマサ(木谷氏)を呼ぶんだ」という声が寄せられるようになった。日本とイギリスを往復する生活を続けていた木谷氏の中で、ある思いが強くなっていった。
「それだけ呼ばれるんだったら、こっちに移住しようかと。こっちに移住した方が吉田もコンディション整えやすいですし、2人で話し合って。ただサッカー選手は移籍がつきものなので、僕にも家族がいたので、吉田とだけ契約するとなると、移籍の度にまた家族ごと引っ越さなきゃいけない。ビザの問題もあるし、それは難しすぎるので、イギリスを拠点に活動することにしました。吉田に自分の人生を背負わせるのも違うので、他の選手とも契約をして活動しようと。誰もやったことのないことをやってみたかった」
移住直後に待っていた“コロナ禍”
サウサンプトン近郊に移住したのは2019年4月。イギリスはビザを取るのが難しく、渡英の準備は大変だった。自身の治療院は経営的にも安定し、子供も2人目も生まれた。止める理由はたくさんあった。それでも迷うことはなかった。
「僕はシンプルに自分にしかできない仕事にチャレンジしたかった。英語もそこまでできないですし、気が狂っているのかと言われたりもしましたけど、プレミアリーグという舞台で戦っている人たちと一緒に仕事できるチャンスってなかなかないので。チャレンジしない方が狂っていると思っていたので。命さえ取られなければ、何とかなるでしょと」
ただ移住して1年経たないうちに、大きな危機に直面した。まずは吉田が2020年1月にイタリア・セリエAのサンプドリアに期限付き移籍することに。さらにそのすぐ後には新型コロナウイルスの拡大により、イタリアに行くことすらままならなくなった。
「めちゃくちゃ大変でしたね。家族もまだ生活も落ち着いていなかったですし。幸いプレミアリーグ自体は無観客でしたけど、試合はあったので。プレミアの選手とは、接触しなければならない仕事だったので、どうにかなりましたけど、吉田の所に行くのが大変でしたね。ロックダウン中は、もちろんみんな大変でしたけど、フィジカルコンタクトができないので。電話したり、オンラインで何かできることしたりはしましたけど、どうしようもできなかったですね」
コロナ禍が明け、徐々に通常の生活を取り戻していくと、定期的にイタリアとの往復をするようになった。22年7月にはブンデスリーガのシャルケに移籍すれば、今度はドイツとの往復。そして、23年8月にメジャーリーグサッカーのロサンゼルス・ギャラクシーに移籍すると、LAにも行くようになった。
「ロスは10時間ぐらいかかるので、もう日本と変わらないです。3泊4日とかで行って、治療して。でも彼は他の選手と違うことをやっている。LAギャラクシーに行って、キャプテンとして優勝までして。彼の方がよっぽどすごいトライをしているし、日本代表でもプレッシャーと戦ってきた。僕なんか全然大したことないです」
今は吉田だけではない。冨安健洋のいるオランダ、南野拓実のモナコ、菅原由勢のドイツ、さらにはホイビュアのいるフランス・マルセイユにも定期的に足を運ぶ。「あちこち移動しすぎて、僕もよく分からなくなっています」と笑うが、木谷氏を支えるのは選手を治したいという思いだけだ。
「僕はこだわり自体はあまりないんです。治れば何でもいいと思っていますし、治療もどんどんアップデートするのも受け入れられる。移住して早7年になりますけど、シンプルにこっちのフィジオよりも良かったという結果だけかなとは思ってます。僕はそんなに英語も得意じゃないですし、外国人が受け入れてもらうには、認めてもらうしかないですから」
吉田麻也という選手との出会いをきっかけに、唯一無二の道を切り拓いた木谷氏。選手たちの信頼を手に、今日も世界各地を飛び回る。
(FOOTBALL ZONE編集部・井上信太郎 / Shintaro Inoue)

















