鈴木隆行&小野伸二が暴露「今の時代だとありえない」 W杯期間中に異例…トルシエ監督の“意外な素顔”
トルシエ監督の意外な素顔
2002年の日韓W杯では、日本代表は史上初めて決勝トーナメントに進出を果たした。中山雅史氏や秋田豊氏らベテラン、鈴木氏や中田英寿氏ら中堅、そして小野氏ら“黄金世代”の若手。チーム編成のバランスも良かったという。
【PR】ABEMA de DAZN、2/6開幕『明治安田Jリーグ百年構想リーグ』全試合生配信!毎節厳選6試合は無料!
鈴木「そうだったと思います。経験が浅い選手が多かったですし、海外に出てる選手はほんの数名で、あとは経験値が少なかった。そうなるとメンタル的なところが不安定になるんで、やっぱりベテランの存在必要になってくるし、まあ若手のフレッシュさだったり、元気の良さも必要になってくるし、中間層もつなぎ役で必要になってくる。トータルで幅広い年齢を入れたんじゃないかな。やっぱりヨーロッパでの経験や大舞台での経験が少ない選手が多かったので、そういう選手構成にする必要があったのかなと思います。僕の役割?もう本当に、何も考えずに突っ込むだけです(笑)。でも伸二に限っては、チームのリーダーでもあるし、プレーの中でのリーダーでもあったし、役割は結構大変だったと思う」
小野「隆行さんたちの代がいて、僕らがいて、その上にまたゴン(中山)さん、秋田さんという、前回のW杯を経験して来た人たちがいたのは、心強かった。あの2人がピッチの上での練習の姿勢を見て、『あ、俺もっともっとやんなきゃ、年齢が上なのにあそこまでこうやってるのに対して、もっとやんなきゃ』っていう意欲に繋がったのもあるんで。すごくチームとしてバランスが良かった。
あと、自分自身の役割なんて、とにかく自分のできることを精一杯やる。あの3-5-2というシステムの左に使うっていうのは、トルシエ(監督)ぐらいしかいないと思う。僕を左に使おうって考える人は、たぶんこの世界で彼しかいないと思う(笑)。でもそれでも、そこで使ってくれることを僕はやっぱり当たり前とは思わず、3-5-2の左という本来の役割ではない役割になっちゃってるんですけど、守備においては中田浩二が後ろにいてくれて、彼が『攻撃のこと考えてくれればいいから』と言ってくれてたし。攻撃の方でどうにかチームがいい形を作れるようにと、いつも考えてやってましたし。あとはもう本当に先輩方がいらっしゃるので、そこはもう何も考えずに、とにかくピッチで結果を出すっていう、そこだけでしたね」
本来はトップ下をはじめ中央を主戦場としていた小野氏。トルシエ監督から左のウイングバック(WB)を任された時は、どのように感じていたのか。
小野「ヒデさんがいて、ボランチにイナ(稲本潤一)とトダくん(戸田和幸)がいて。『俺ここで大丈夫?』っていう(笑)。『俺ここにいたらなんか左からのクロスとかないよ』と思いながら、縦の動きとかするわけじゃないし。それでも、まあそこやらされた時に『あ、でも真ん中よりは楽だな』っていうのは。やっぱり360度見なくてよくなったので、180度の視野でいいので、いつもの視野を確保しなくていいから楽だなと逆に感じましたし。ただ、やっぱりその上下運動、向こうも相手もやっぱりそういう運動量多い選手が来るわけで、そこに対して守備をしなきゃいけないのは大変でしたけど。まあそこらへんは『浩二頼むね』っていう感じで(笑)。後ろの人が守ってくれるって、もうそれしか考えてなかったです」
当時、日本代表を率いていたトルシエ監督は厳しい指導で知られている。だが2人が明かしたのは意外な一面だった。
鈴木「いや、別に、なんとも思ってなかったですけど。たぶんみんなが思ってるほど厳しくはないっていう。表面上厳しく見えてるけど、結構適当な所多いよね(笑)」
小野「当たり前なんですけどね。周りからすると『トルシエの発言すごい』みたいな感じでね、みんなそう思われてると思うんですけど。ただ規律はしっかりしてるなと。そこはもうすごく徹底していたなと感じましたけど。別に『厳しいな』とか、そういう感じではなかったと思います」
鈴木「結構、プライベートはもう完全に、何にも関わらないというか、その辺がフランス人っていうところもあるかもしれないけど。すぐ忘れるっていう(笑)。もう『出ていけ!』って怒って、選手をピッチから出すじゃない。で、山本(昌邦)コーチが、グラウンド一周させていつの間にかグラウンドに入れるんですよ。そしたらもうそのまま練習が続いちゃって(笑)。もう一周してきた頃にはもう忘れてるから。別に陰険とかそういうのは一切なかった」
小野「(大会期間中は)僕らずっと隔離ずっとされていたので、ある時『家族呼んでいいよ』とか、そういうリフレッシュさせる時間を作ってくれたのは、心地よかった。今みたいにスマホで連絡取り合うとかっていうのはできなかったので。家族が来て、色んな家族がこう集まって、みんなでワイワイしながらご飯食べたり色々できたというのは、当時、すごかったなって。その時間が支えになりましたね」
鈴木「たぶん、あれ日本人の監督だったらやんないよね。だって大会中にお酒飲んでいいとか、もう何でも、リラックスしていいみたいな感じで。日本人だったら絶対ないと思う。隔離はされてましたけど、そこで自由にみんなでこうワイワイ騒ぐっていう、すごいリラックスさせてましたよ。家族をみんな呼んで、そこでパーティーしたんですよね」
小野「本当にみんなで一つになるというかね」
鈴木「今の時代だとありえないと思う。大会期間中にお酒飲んでね。でもそこの切り替えはみんなしっかりできていましたね」



















