家探しまで伴走も「友達にならない」 あえて通訳しないことも…欧州スタッフ“線引き”の哲学

ザンクト・パウリの神原健太氏【写真:岩本太成】
ザンクト・パウリの神原健太氏【写真:岩本太成】

神原健太氏はザンクトパウリでキットマネージャー兼プレイヤーケアマネージャーを務める

 選手の生活に深く入り込みながら、しかし友達にはならない。ザンクトパウリでキットマネージャーと兼務しながらプレイヤーケアマネージャーを務める神原健太氏は、その絶妙な距離感の中でこの仕事の本質と向き合い続けている。通訳として監督と選手の間に立ち、ピッチ外では生活基盤の整備から選手の精神的なケアまでを担う——。前例のないポジションで見えてきた課題と、彼が描くこの仕事の「次の形」とは。(取材・文=林遼平/全3回の3回目)

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「友達にならないようにしてます」

 神原健太はそう言って、少し間を置いた。ご飯に行くこともある、普通に話もする。でも、友達ではない——。その境界線を、意識して守っている。

 プレイヤーケア
マネージャーという仕事は、選手の生活に深く入り込む。滞在許可証から家探しまで伴走し、ピッチ上では通訳として監督と選手の間に立つ。その距離が近いからこそ、どこかで線を引かなければならない。

 理由は明確だ。

「それこそ僕が本当に彼らと友達のような関係になってしまったら、例えば怪我をした時などにメディカルに対して選手の出たいという気持ちを尊重してあげたくなってしまうかもしれない。痛いというのを言わなければいい、みたいに。でも、それは絶対に許されることではない。僕はクラブの人間なので、メディカルが出せないと言えば、それがクラブとしての決定になりますから」

 怪我をした選手が「出たい」と言い、メディカルスタッフが「出せない」と言う。その間に立たされた時、どちらの言葉をどう選手に届けるか。「そこの意見のぶつかり合いは絶対にある。そういった時にどうマネジメントするか、うまく間に入るかというのは個人的な課題です」と彼は言う。この緊張感は、今季この仕事を始めて初めて突き当たった課題である。

 通訳という仕事にも、神原独自の哲学がある。ミーティング中、監督が話している最中に全部を訳していたら間に合わない。大事なところだけを絞って伝える。だが、試合前にキャプテンや監督が声をかける場面では、通訳しないと決めている。

「そこは通訳するよりも、その場の言葉、内容が理解できなかったとしても、その言葉の熱量を受け止めてもらった方が、周りの熱さに合わせられるのかなと」

 戦術や内容ではなく、熱量を受け取ること。その方が選手にとって必要な場合がある、という判断だ。直訳が最善でないことを、彼はこの仕事の中で学んでいった。

 様々な現場を見て、学んできた神原に「日本人選手がドイツで成功するために必要なもの」について問うと、「コミュニケーション」という言葉を使った。ただし、それは語学力といった話ではない。

「これは言葉が理解できる、できないというのではなく、自分からオープンに他の選手とコミュニケーションしたりするという姿勢が大事なのかなというふうに思います」

 チームの中で関係が築かれていなければ、練習でも試合でも影響は出る。「大事なところでこいつにパスを出そうとなるか、ならないか」と神原は言う。明らかな実力差を最初から見せられれば話は別だが、そうでなければ、コミュニケーションを積み重ねていくしかない。それを多くの選手を通じて、この冬に改めて実感した。

自分がやりたいことと、求められていることの線引き

 また、自分と同じような仕事を目指す若い世代に向けて、神原が挙げたのは「運」という言葉だった。

「自分だけで決められる要素というのがやっぱり少ない業界だと思っている」

 その運を引き寄せるための準備として強調したのが、「求められていることを見極める」ことだ。

「日本のJリーグのクラブでやってるスタッフの方たちがこっちに来ても、絶対にこっちのスタッフよりもやれるだけの能力はあると思うんですけど、求められていることは多分違うと思っていて。こっちでは求められていないことをやっても評価されないですし、なんなら自分の仕事以外のところで余計なことをやってしまうと、面倒なことをやっているみたいに見られるところもある。そういった違いがあるからこそ、求められていることをしっかりできるかが大事になってくるかなと」

 自分がやりたいことと、求められていること。その線引きをどこで引けるか。それが、ヨーロッパの現場で生き続けるための条件だと言う。神原も藤田加入という「運」があったからこそ、今のポジションがある。それは本人もよく分かっている。だが、この一年で神原が積み上げてきたものは、次の「運」に備えるための土台でもある。目の前の業務をこなしながら、彼はすでにこの仕事の次の形を思い描いている。

「今のところは事務的というか、業務的なところでいっぱいいっぱいになってる部分があるんですけど、それをある程度うまくさばいて、もうちょっと心理的な部分でのサポートと言いますか、例えば行き詰まってる選手がいたら話を聞いてあげるみたいなことができるようになればもっといいのかなというふうに思います」

 パーソナルアシスタントから、真のプレーヤーサポートへ。チームに馴染めていない選手がいれば、その選手と一緒にどうすれば馴染めるかを考えられるような存在に、いつかなりたい。それが神原の理想像だ。そして、その対象は日本人選手だけではない。

「そうじゃないとやっぱり食っていけなくなると思うので(笑)。日本人選手、例えば今は3人いますけど、彼らが別のクラブに移籍して誰もいなくなったら『じゃあいらないやん』とならないためにも、どの選手に対しても対応できるようにしないといけないですね」

 現実を見据えながら、それでも理想を語る。そのバランスが、神原健太という人間の輪郭を作っている気がした。ドイツに来た時からずっと持ち続けてきた思いは、今どこに向かっているのか。最後に改めて「率直に充実しているか」と問うた。

「特に昨年はドイツ1部のクラブで働くという一つの目標を達成した中で、マンネリ感ではないですけど、そういうのを少し感じてモヤモヤしていたところがありました。それに比べたら、今シーズンはすごく個人としても、彼らに成長させてもらっている。自分の中で成長できているなと思っているので、日々、すごく充実してます」

 日本のサッカーに、どれだけ貢献できているかは分からない。本人の言葉を借りれば「0.000001ぐらいなのかもしれない」。でも、その小さな数字の積み重ねが、ハンブルクのクラブの片隅で、確かに続いている。

(林 遼平 / Ryohei Hayashi)



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林 遼平

はやし・りょうへい/1987年、埼玉県生まれ。東日本大震災を機に「あとで後悔するならやりたいことはやっておこう」と、憧れだったロンドンへ語学留学。2012年のロンドン五輪を現地で観戦したことで、よりスポーツの奥深さにハマることになった。帰国後、サッカー専門新聞『EL GOLAZO』の川崎フロンターレ、湘南ベルマーレ、東京ヴェルディ担当を歴任。現在はフリーランスとして『Number Web』や『GOAL』などに寄稿している。

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