元日本代表の新たな夢「決勝でロナウドと」 海外5か国に挑戦…33歳も「全然やれる」

小林祐希「異なる文化や習慣に接して、ネットワークを構築できることはすごく意味がある」
2022年の江原FC以来、3年半ぶりに海外でプレーすることを決断した元日本代表・小林祐希。赴いたのは、シンガポールのタンピネス・ローヴァーズである。同クラブは2025-26シーズンのプレミアリーグで目下、3位。アンデルソン・ロペス擁するライオン・シティが首位を走るなか、いい戦いを見せているのだ。(取材・文=元川悦子/全6回の5回目)
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「1月頭から練習に合流しましたけど、チームが国内リーグ・カップ戦(シンガポールカップ)だけじゃなく、東南アジアのショッピーカップ(ASEANクラブ選手権)、ACL2(AFCチャンピオンズリーグ2)を掛け持ちしている関係で、試合数がものすごく多い。1月だけで4試合、2月は8試合ということで、超過密日程になりますね。
僕は1月31日までいわてグルージャ盛岡との契約が残っていたので、それを途中解除して契約を結び、出場許可を取る手続きが必要だったので、それ次第でいつから試合に出られるかが決まるという感じだったんですけど、1月16日のヤング・ライオンズ戦でリーグ戦デビューを飾ることができました」
早く本格的に活躍したいとウズウズしている様子の小林。シンガポールは経済成長の著しい国で、近年は日本よりも物価がはるかに高い。こうした側面もあって、日本人選手がさまざまなクラブに在籍している。タンピネスも副キャプテンを務めている山下修也、昨年8月に加えわった風間宏矢ら合計5人が在籍。新戦力である小林の力も大いに期待されている。
「シンガポールに来てみると、ライオン・シティ以外はそこまで資金力があるわけじゃないかなと。ウチもJ2の中堅以下くらいだと思います。それでもチュンくん(李忠成)がGMになったことで日本からいい選手が取れるようになった。
風間くんはその筆頭で、この半年は完全に彼中心のサッカーをやっていたと聞いています。今、彼はトップ下で出ていて、僕とポジションが重なるんですけど、シンガポールは暑さもありますし、チーム自体が守備のハードワークを求めているので、60分くらいで下がることが多い。自分がその後に出たり、ターンオーバーで先発したりするイメージかなと考えています。
僕はオランダやベルギー、カタールで英語を喋っていたので、意思疎通に困ることはほぼない。インタビューにも答えていますよ(笑)。仮に難しい内容があっても、チームに5年在籍している修也が日本人選手みんなに説明してくれるので問題ない。ここではうまくやっていけそうかなという気がします」
本人も自信をのぞかせており、本来の小林らしい左足のキックやシュートの精度、戦術眼が発揮されそうだ。
「今のチームは守備の基本戦術はありますけど、攻撃に関しては自由にやっている印象です。グルージャの星川敬監督と同じような感覚でやれています。
国内リーグだとタンピネスは常にボールを持てるチームなので、より自分のやりたいことができると思います。ただ、シンガポールは暑いので、欧州でプレーしていたときのように守備で頑張りすぎない方がいい。自分がガムシャラに前に出てボールを取りに行こうとしても、周りがついてこなかったりする。東南アジア特有の感覚を覚えつつ、やっていく必要がありますね。
ただ、ショッピーカップやACL2になると、自分たちが主導権を握れない戦いも増えてくる。日本のガンバ大阪や韓国、中東のチームと対峙したら、やっぱりスピード感も上がるし、敵を引き込んでカウンターを狙うサッカーになると思う。
そういうとき、頼りになるのが前線の3トップとトップ下の風間宏矢ですね。タンピネスの3トップはメチャメチャ速くて、決め手もあるし、宏矢は得点源として重要な役割を担っている。だから、自分はボランチでプレーするのもありかなと思っています。ホントは前でプレーするのが好きだけど(笑)。自分がチーム最年長なんで、積極的に声を出してチームを盛り上げていきますよ」
今はモチベーションが高まる一方の小林。特にACL2に対しては意欲満々だ。勝ち上がれば、同じ1992年生まれの盟友・宇佐美貴史を擁するG大阪と対戦できる可能性もあるし、決勝まで勝ち上がれば、クリスティアーノ・ロナウドのいるアル・ナスルと激突できるかもしれない。今年41歳なるスーパースターはいつまで現役を続けるか未知数。だからこそ、今季のうちに高いレベルで戦いたいという思いはひと際強いはずだ。
「決勝まで行ったらクリスティアーノと対戦だと思うと、ホントにワクワクするよね。33歳になった今、東南アジアの国に来て、そういう新たな夢を持てるのは本当にありがたいこと。グルージャでプレーしていたときも感じましたけど、僕はまだまだ体が動くし、全然やれる自信がある。それをタンピネスで証明したいんです。
海外5か国を渡り歩いている僕のキャリアに対して、いろんな意見があるかもしれないけど、シンガポールという国で異なる文化や習慣に接して、ネットワークを構築できることはすごく意味がある。人間としての幅も広がりますよね。そういうチャンスをくれたチュンくんには心から感謝したいし、彼のためにも結果を残さなきゃいけない。これから頑張りますよ」
小林は飽くなき野心を抱き、新たなスタートを切った。その強い思いが成功という結果につながることを祈りたい。
(元川悦子 / Etsuko Motokawa)

元川悦子
もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。




















