2度目のオファーで決断「ここでやりたい」 山田楓喜が経験したどん底…覚悟の移籍「また海外に行きたい」

京都からFC東京に移籍をした山田楓喜【写真:(C) FC TOKYO】
京都からFC東京に移籍をした山田楓喜【写真:(C) FC TOKYO】

山田楓喜が明かす昨夏のオファー

 今冬の移籍市場で京都サンガF.C.からFC東京に完全移籍したMF山田楓喜。スペシャルな左足を持つ24歳が経験したどん底、そしてFC東京加入を決断した理由について語った。

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 沖縄キャンプも折り返しを迎え、J1リーグ開幕が近づいてきた。山田は新シーズンに向け、「自分たち」に目を向けている。「鹿島だから、というよりも、どの試合でも自分たちがやるべきことをはっきりさせることが大事」。FC東京には多くのタレントが揃う中で、「他の選手の特徴と結びつけられるのが自分の左足」と、自身の武器で周囲のパフォーマンスを引き上げたいと話す。

 昨年の今頃は、ポルトガル1部CDナシオナルに移籍し、初の海外リーグに挑んでいた。その経験から、日本人選手が技術面などで劣っていないことを肌で感じた。それでも、欧州で戦う選手たちは「試合になるとやっぱりまた違う」。技術面だけではない、自分のプライドを賭けた場所だった。

「やっぱり向こうの選手たちはすごいなっていうのはありましたし、その試合にかけているんだなっていうのはすごく思いました。1対1の場面であったり、そういう“負けない部分”っていうのは、向こうではすごく感じました」

 それでも、自分の左足がスペシャルであることはポルトガルでも変わらなかった。「キックに関してはそのチームでも俺しかいなかった。結構違いは出せた」と、Jリーグで培った自信はより強まっていった。

 キャリアを振り返ると、プロ入り後の苦しい時間が今の自分を支えている。「最初の2年間は全く試合に出られなかった」。転機となったのは、京都での2年目だった。「体制が変わって、素晴らしい人たちと出会えた。その時は試合に出ていなくても“日本で一番練習していた”自信があった」。その積み重ねが翌年の結果、さらにはU-23日本代表選出につながった。「どん底を経験しているからこそ、今がある」と山田は言う。

 力のこもった言葉の背景には、京都での経験がある。美尾敦コーチ(当時)らとの出会いによって山田の成長は加速。2024年に期限付き移籍した東京ヴェルディでは、直接フリーキックを年間で3本沈めるなど、6位躍進に貢献。インパクト大の活躍を見せつけた。

 そして、移籍リリースでの発言については多くを語らなかった。「いろんな解釈をされると思うので、それはそれぞれで受け取ってもらえれば」。一方で、東京Vへの感謝は忘れていない。「ヴェルディで一気に自分の価値を上げてもらったのは事実。感謝しています」。その上で、「ここに来たからには結果を出して、また世界に行きたい」と、目指す場所はまだまだ先にある。

 FC東京加入の決め手については、クラブの熱意を挙げた。「夏に一度断ったにもかかわらず、冬にもう一度声をかけてくれた。その熱意と評価を直接伝えてくれたので、ここでやりたいと思いました」と、昨夏にも届いていたオファーを明かした。松橋力蔵監督の言葉から「自分の特徴を理解した上で獲りに来てくれた」と感じ、青赤のユニフォームに袖を通すことを決断した。

「冬のこのタイミングでもう一度お話ししてくれたその熱意もそうですし、俺への評価であったり、『こういうところがあるから本当に来てほしい』っていうのを面と向かって話してくれたので。ここでやりたいなって素直に思ったので決めました」

 大きな覚悟を持って移籍してきたセットプレーの名手。その左足が赤青を熱狂に導いてくれることは間違いない。

(FOOTBALL ZONE編集部・上原拓真 / Takuma Uehara)



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