監督から指摘「100%に見えない」 U-17W杯ベスト8貢献も…失った定位置「苦しかった」

神村学園の竹野楓太「『自分は下手なんじゃないか』という思いになって」
12月28日の開幕戦を皮切りに幕を開けた第104回全国高校サッカー選手権大会。全国各地の予選を勝ち抜いた48代表校がしのぎを削って、1月12日の聖地・国立競技場の舞台を目指す熱戦を彩った選手たち、チームを紹介していく“冬の主役たち”。
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今回は決勝戦で鹿島学園を3-0で下して初の選手権王者に輝いた神村学園の2年生DF竹野楓太。U-17日本代表としてU-17ワールドカップ(W杯)ベスト8進出に貢献した竹野が、帰国後に味わった厳しい現実とは。
「試合に出られないことで『自分は下手なんじゃないか』という思いになって苦しかったです」
182センチのサイズとフィジカルの強さ、スピード、足元の技術を兼ね揃えたサイドバックとしてメキメキと頭角を現し、今年度はチームで不動の2年生レギュラーに君臨。インターハイではウイングバック、サイドバックとして準決勝まで全試合フル出場。決勝は延長後半終了間際に足を攣るまでプレーして優勝の原動力となった。
しかし、8月にU-17日本代表のフランス遠征に行ったあたりから、風向きは変わり始めた。徐々に3年生でこれまでボランチなどをやっていた細山田怜真の評価が上がりはじめていった。
フランスから帰国し、プレミアWESTでスタメンとしてプレーするも、選手権予選前の第18節のアビスパ福岡U-18戦で0-4の大敗。その際に有村圭一郎監督から「100%でやっているように見えない」という指摘を受けた。
「僕のなかでは全力でやっていたつもりだったのですが、『インターハイのときはお前が100%でやっている姿がずっと見えていたけど、1つ1つのプレーになって雑になってきた』と言われて、もう一度自分を見つめ直そうと考えました。有村監督が『前に行け』と言うのは、自分の良さを出すためだと思ったので」
鋭い指摘に最初は戸惑ったというが、「世界で戦うにはもっとハードワークをして、より前に運ぶ力が必要だと思った」と受け止めた。その状況で竹野は10月21日にチームを離脱して、U-17W杯(カタール)に挑むU-17日本代表に合流をした。
そこから1か月間チームを離れた。有村監督の言葉を受け、積極的な攻撃参加とハードワークを事前合宿から披露し、U-17W杯では不動のレギュラーの座を掴み取って、決勝トーナメントでもサイドバックとして高い守備力と攻撃センスを発揮してベスト8入りに貢献した。
飛躍の大会となったが、その間にチームは選手権予選を突破して2年ぶりの出場を手にし、再開したプレミアWESTでは右サイドバックに入った細山田がゴールを決めて、大津に3-0の快勝を収めるなど、上昇気流に乗りはじめていた。
「日本で怜真くんが調子を上げていることは聞いていたので、正直焦りはありました」
代表活動から合流後初の公式戦となった、11月29日のプレミアWEST第20節のサガン鳥栖U-18戦でベンチスタート。目の前では噂通り、右サイドバックで好調なプレーを見せて、2試合連続ゴールでチームの連勝に貢献する細山田の姿があった。
次の静岡学園戦でも現状は変わらず、12月14日のファジアーノ岡山U-18との最終戦でスタメン起用されるも、ポジションは3トップの真ん中。しかも35分で交代を告げられ、チームは7-0の大勝を収めて細山田もゴール。厳しい現実を突きつけられる形に終わった。
「本当に悔しくて、『今年はもうサイドバックで使われることはないんだ』と思いました。同時に『自分は力がないんだ』と落ち込んでしまいました」と悩み苦しんだ。だが、選手権が始まると有村監督の言葉が再び頭によぎった。
「怜真のプレーを見ても、本当によく走るし、取られた後の戻りのスピードが常に100%だった。準決勝の尚志戦もそうでしたが、戻ってきてからすぐにスライディングで奪ったり、スペースを埋めたりというプレーが多くて、だからこそ信頼されて試合に出ているんだと思いました。僕にはあのガッツが足りないと改めて痛感しました」
初戦の東海学園戦では後半29分から出場、3回戦の水口戦も同29分からいずれも細山田との交代だった。準々決勝の日大藤沢戦では後半アディショナルタイムにFW倉中悠駕と代わって投入され、準決勝、決勝は出番が来ず、国立のピッチを踏むことはできなかった。
「自分の実力不足。それに尽きます。苦しい気持ちは正直ありましたが、この悔しさというのはサッカーでしか返せないと思いますし、そうしないと自分の成長にはつながらない。絶対にこの思いを糧にして来年につなげたいと心から思っています」
決勝戦後のミックスゾーン。悔しさをにじませながらも、しっかりと自分にベクトルを向けて前を向く姿があった。ここで決意をこう宣言した。
「新チームではキャプテンに立候補しようと思っています。僕は責任あるところにいないと何もできないと思っているので、責任感と自覚を持ってすぐに始まる新人戦からまた積み上げていきたいとも思います」
表彰式の後、多くのカメラマンが優勝の立役者達を囲んで写真撮影をするなか、竹野はトロフィーを両手に抱えて、スタンドからロッカールームに引き上げていた。
「トロフィーはみんなの想いも乗っていたので、とても重かったです。この重みも絶対に忘れないですし、次は自分の手で掴み取りたいです」
悔しさ、情けなさ、3年生へのリスペクトと学習、そして手に残ったこの重みを財産にして。竹野は責任とともに過ごす覚悟のラストイヤーに向けて走り出した。
(安藤隆人 / Takahito Ando)
安藤隆人
あんどう・たかひと/岐阜県出身。大学卒業後、5年半の銀行員生活を経て、フリーサッカージャーナリストに。育成年代を大学1年から全国各地に足を伸ばして取材活動をスタートし、これまで本田圭佑、岡崎慎司、香川真司、南野拓実、中村敬斗など、往年の日本代表の中心メンバーを中学、高校時代から密着取材。著書は『走り続ける才能達 彼らと僕のサッカー人生』(実業之日本社)、早川史哉の半生を描いた『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、カタールW杯のドキュメンタリー『ドーハの歓喜』(共に徳間書店)、など15作を数える。名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクターも兼任。

















