高校卒業→即ドイツへ「もう必要ない」 出発前夜に移籍破談も…古豪復活を支える25歳日本人

欧州でプレーする日本人は今季も増えた。冬の移籍でさらに多くの選手が動き、ブンデスリーガ1部には15人、2部に9人もの日本人選手が所属している。もちろんチームへの貢献度は選手それぞれ違いがある中で、トップレベルの貢献を果たしている選手が3部にいる。

ドイツ3部のエッセンでプレーする水多海斗【写真:本人提供】
ドイツ3部のエッセンでプレーする水多海斗【写真:本人提供】

水多海斗は今季からドイツ3部のエッセンでプレー

 欧州でプレーする日本人は今季も増えた。冬の移籍でさらに多くの選手が動き、ブンデスリーガ1部には15人、2部に9人もの日本人選手が所属している。もちろんチームへの貢献度は選手それぞれ違いがある中で、トップレベルの貢献を果たしている選手が3部にいる。

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 古豪のロート=ヴァイス・エッセンでプレーする25歳の水多海斗がそれだ。

 1907年に創設されたエッセンは、ルール地方の労働者文化を背負った伝統クラブのひとつで、黄金時代だった1953年にドイツカップ優勝、55年にはドイツ王者に輝いている。ブンデスリーガにも過去7シーズン在籍歴がある戦後ドイツサッカー界有数のクラブだ。

 ただ探鉱・鉄鋼産業の衰退、スポンサー減少の影響でクラブ力がどんどん落ち、2000年初頭に3部昇格を逃したあと、財政悪化で破産申告。一気に5部まで降格する措置を受け、将来は闇夜に閉ざされたのかと思われた。

 だが、5部に落ちても見捨てることなくサポートしてくれたファンの支えもあり、22年に14年ぶりに3部へ復帰を果たした。その集客力は1部クラブに勝るとも劣らないほど。

「ファンはとにかく熱くて、めちゃくちゃうるさい(笑)。アウェイでも数千人来てくれます。厳しさもあるけど、チャレンジしてゴールを奪ったときの盛り上がりは本当にすごい」

 そんなエッセンが、今季は2部昇格争いに加わっており、24節終了時で首位コットブスに勝ち点2差の5位につけている。好調なチームをけん引する中心人物の一人が、水多なのだ。ここまで7ゴール8アシストをマークし、チーム総得点48の実に約3分の1に絡んでいる。

「チームとしての目標は昇格です。自分としても今年でこのリーグを最後にしたいので、シーズン終了までこの活躍を続けたいです」

 デュッセルドルフのカフェでインタビューに応じてくれた水多は、そう力強く語っていた。

 ボールが自分に集まり、自分が違いを作る。それは、コンディションがいいというだけではなく、周囲からの信頼があるから、自分の特徴を出すことができる。その辺りの背景を水多は、次のように受けとめている。

「やっぱり監督(ウーベ・コシナート)が、ある程度自由を与えてくれてるのが大きいと思います。戦術に縛られすぎると、自分の良さが出せるタイプじゃないので、今の監督とは合ってるなって思いますし、それがこのクラブに来た理由でもあるんです。『自分の良さを出す』というのと、『チームのためのタスクをやる』っていうのは、どっちも必要で、でもどっちかに寄りすぎると窮屈になったり、バランスを崩したりしてしまう。今はそこがうまくできていると感じています」

前橋育英高を卒業後にドイツへ渡った

 自信に満ちた言葉の裏には、苦労と戦ってきたこれまでを乗り越えた自負があるからだろう。FC東京U-15むさし、前橋育英で過ごした水多は、高校卒業後の進路にドイツを選んだ。5部シュトラーレンでドイツでのキャリアをスタートし、4部へ昇格。その後マインツU23へ移籍し、トップチームへ帯同することもあった。次のステップとして23-24シーズンに3部ビーレフェルトへ移籍。加入当初は出場機会も得ていたし、ゴールも記録した。だが、その時間は長く続かなかった。

 監督のサッカーと自身のスタイルが徐々に噛み合わなくなる。 出場時間は短くなり、やがてピッチに立つ機会自体が減っていってしまう。

「2年目はほぼ試合に出ていなかったですね。監督のサッカーのやり方と自分のスタイルが本当に合わなくて。ドイツに来て、一番難しい時期でした」

 ビーレフェルトは3部クラブながらドイツカップ決勝を果たしたり、2部昇格を祝ったりと、大きな結果を残していた。 外から見れば間違いなく成功のシーズン。ただその中で、個人だけが取り残される感覚があった。

 だから昨季の冬、移籍しようと決意した。スイス1部のトゥーンと話がまとまり、メディカルチェックを受けて契約書にサインをするという段階まで進んでいたという。だが出発前夜、労働許可が下りないと告げられる。スイスは、ユーロ加盟国ではない。ヨーロッパ外の選手を雇うには経歴など、国が定めた条件をクリアしないと、許可されない。

「クラブの人もすごい協力してくれて、いろいろ働きかけてくれたんですけど、ダメで。その間に時間は過ぎてトランスファーウィンドウが閉まる直前になってしまって。心理的にもかなりきつかったです」

 そんななか、残された選択肢の一つがエッセンだった。大きな理由は自分を知っているコシナート監督の存在。

「僕がマインツにいた時から知ってくれていて、僕を取りたいって言ってくれたんです。それにエッセンは昔から大きなクラブだし、そこでまた試合に出て活躍したいという気持ちになってきました」

 近年のドイツ3部は、ロングボール主体ばかりのクラブではない。ビルドアップから繋ぐチームが増えているし、プレー強度も高い。だが、チーム内で信頼を得るまで、いい形でボールが来ないことも普通にある。 代わりは必ずいる。そんなプロの現実を肌感覚で理解したのは、合わないサッカーの中で出場機会を失い、「もう必要ない」とまで告げられたビーレフェルトでの時間があったからだという。そして、苦難を乗り越えた人は強い。

「カイトはどんな状況でもチームにエネルギーを与えてくれる貴重な存在だ。模範的な振る舞いをし、どんな時もサッカーのために生きている」

 コシナート監督がそんな賛辞を口にしていたことがある。指揮官の全幅の信頼とともに、水多は輝ける場所を見つけた。エッセンの昇格が実現するかはまだ分からない。だが確かなのは、水多が必要とされる選手としてピッチに立ち続けているという事実。

 古豪の復活を支える背番号の重みは、そのまま彼が歩んできた時間の重みでもある。

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中野吉之伴

なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)取得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなクラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国で精力的に取材。著書に『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。

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