監督解任から3日後「水戸に行きました」 快諾で「どうぞ来て」…探した快進撃の理由

大分新監督の四方田修平氏「この経験を新天地での仕事に生かすしかない」
2026年が幕を開け、Jリーグは変則的なシーズンに突入する。今季は2~6月が百年構想リーグという特別大会。J2クラブにとってはJ3と合同の百年構想リーグの位置づけはやや難しいかもしれないが、そこでどれだけチームを底上げできるかで、8月開幕の新シーズンの行方が決まるといっても過言ではないだろう。
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2025年はJ2で16位に沈んだ大分トリニータも再起を賭けることになる。今季は昨季途中まで横浜FCで采配を振るっていた四方田修平監督を招聘。新たなチーム作りをスタートさせることになる。
四方田監督も横浜FCを離れた後の半年間、さまざまなチームに赴き、トレーニングやチームマネジメントを学ぶなど、自分自身をブラッシュアップさせてきた。その空白期間の動きを皮切りに、指揮官・四方田修平という人物に改めて迫ってみた。(取材・文=元川悦子/全7回の1回目)
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「僕は横浜FCをアウトになった(7月21日)の3日後(24日)に水戸(ホーリーホック)の練習を見に行ったんです。自分の新たなスタートとして、ああいう地道にひたむきにやっているクラブに行きたいという気持ちになった。当時、J2で首位を走っていたんですけど、その理由が何なのかを探したくて、西村卓朗GM(当時)にお願いして、行かせてもらったんです」
四方田監督は当時の情熱をこう吐露する。2022年から率いた横浜FCを2度のJ1昇格へと導きながら、2023年に降格。2025年も開幕から大苦戦を強いられていた。そういう浮き沈みの激しい3年間をいったんリセットし、新たな一歩を踏み出すために、他チームの視察は必要な過程だったのだろう。
とはいえ、シーズン真っ只中のチームというのは外部の人間が入ってくることを好まないケースも少なくない。J1初昇格が見えつつあった水戸もそういった判断を下しても不思議はなかった。けれども、西村GMも森直樹監督も指導者仲間のオファーを快諾。「僕らのところで学べることがあるなら、どうぞ来てください」というオープンなスタンスで迎えてくれた。これには四方田監督も心から有難く感じたという。
「2日間行かせてもらったんですけど、J2首位ということもあって雰囲気がよく、全員がハードな練習に前向きに取り組んでいるという印象を受けました。西村GM、森監督、林雅人コーチ、本間幸司GKコーチを含めて77年生まれの同い年のスタッフが多くて、風通しのよさも見て取れました。
林コーチ以外は10年以上、一緒に戦ってきた人々なので、密にコミュニケーションを取りながら戦えているのが分かりましたし、クラブとして選手教育や若手からの強化を継続してここまできたという強固な基盤も感じられた。1つのチームを強くしようと思うなら、本当に地道な積み上げが必要不可欠。それを再確認できたのは本当によかったです」
もともと水戸は強固な守備に定評のあるチームだったが、2025年は攻撃面で大きな進化を示した。オランダで長く働いた林コーチがもたらしたものが大きかったと言われているが、横浜FCで得点力不足にあえいだ四方田監督にしてみれば、1つのいいヒントになったはずだ。
「2025年の水戸はしっかりボールを持てるようになり、ゲームコントロールにも長けていました。足元の技術に秀でたGKの西川幸之介選手の加入でそういうサッカーを実践できたところもありますね。相手のフォーメーションによって可変しながらボールを保持できる人材も増えた。選手の質も上がったからこそ、結果につながったと感じました。
守備に関しても、今まではいい試合をしていても1つのミスで失点するケースも多かったですけど、2025年は板倉健太、鷹啄トラビスという対人の強いDFが揃い、中央で簡単にやられることがなくなった。勝ち点を取りこぼすことも減り、確実に勝ち点を取れるチームに変わったと思います。
その変化が序盤の快進撃につながり、首位に浮上した後も『行けるんじゃないか』という自信をもたらした。夏場の15試合無敗も勢いがありましたね。自分が行った後、9~10月に勝てなくなってきてキツかったと思います。僕自身も横浜FCで同じような経験があったのでよく分かりますけど、よく乗り越えたなと感じます」
水戸の後には京都サンガ、FC東京、東京ヴェルディ、川崎フロンターレ、町田セルビア、FC今治、セレッソ大阪、日本代表にも足を運び、合計9チームを視察。守備強度を前面に押し出す町田の黒田剛監督からボールポゼッションを重視するセレッソのアーサー・パパス監督まで、多様な指揮官の幅広いサッカー哲学を目の当たりにできた。
かつて日本代表、北海道コンサドーレ札幌時代に師事した岡田武史代表取締役会長のいる今治では、横浜FCで2年間共闘した倉石圭二監督とも旧交を温めるなど、多くの人々の温かさにも触れられた。指導者にとって空白期間というのは辛い一面もあるだろうが、四方田監督にとっては重要な充電の場となった。それは紛れもない事実と言える。
「本当に多彩なスタイルやアプローチを見ることができて、本当に感謝しかないですね。横浜FCで監督をしていたときには見ることのできなかった欧州の試合もかなり精力的に見ましたし、数試合ですけど解説も経験させてもらえた。それを踏まえながら、11~12月にかけては日本大学のサッカー部で指導するチャンスもいただけました。今までやってきたトレーニングメニューの整理もしましたし、あらゆる角度から自分を見つめ直す時間を得られたと思います」
「この経験を新天地・大分での仕事に生かすしかない。ここからが新たな出発です」と目を輝かせる指揮官の2026年が、いよいよ本格的にスタートすることになる。
(元川悦子 / Etsuko Motokawa)

元川悦子
もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。




















