20歳でA代表入りは「遅い」 父と書いた大谷翔平の”9マスシート”…森保Jの秘密兵器が抱く野望

日本代表入りを果たした後藤啓介が見る残り半年
ベルギーの地で、今1人の若武者が鮮烈な輝きを放っている。同国1部シント=トロイデンVV(STVV)のFW後藤啓介。191センチの長躯に柔らかな技術を兼ね備え、新天地へ移籍した2025年は公式戦20戦10得点2アシストと急成長を遂げる。20歳にして欧州の荒波に揉まれるストライカーの原点には、徹底した「自己プロデュース」と、ある「計画書」が存在していた。昨年11月に日本代表デビューを飾った新星が「FOOTBALL ZONE」の独占インタビューに応じ、幼少期からワールドカップ(W杯)への思いまで明かした。(取材・文=FOOTBALL ZONE編集部・小杉舞/全3回の1回目)
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一目でその存在を知らしめられる。昨年11月、日本代表に初選出され2試合とも途中出場。欧州で研鑽を積み、たくましさが増す20歳は昨夏にSTVVへ移籍を遂げた。第3節デンデル戦で新天地デビューを飾ると、第4節ラ・ルヴィエール戦で初ゴール。続く第5節ズルテ・ワレヘム戦で2戦連発し存在感を示した。そこから先発奪取し、ここまでリーグ戦8発。日本代表へ招集されたことで、より目標も明確になった。
「今の数字はFWとしていいと思うので、継続していきたいですけど、実際振り返ってみたら決められるシーンやオフサイドになっている場面が多い。それがなければもう2桁いっていると思うので少しもったいないかな、と」
半年後に迫る北中米ワールドカップ(W杯)出場——。実現すれば21歳で世界舞台への挑戦となる。そのなかでここまでの成長曲線について「欧州に来るタイミングは自分が思い描いていたより早かったけど、代表に入ったタイミングは思い通りにはいっていないです」と明かした。
「(代表入りのタイミングは予想より)遅いですね。Jリーグで活躍して、代表に入って、21歳で次のW杯に出て欧州に行くというのが自分のプランではあった。タイミング的には遅かったですけど、逆に今の代表を見ると、欧州にいないと入れないことが多い。なので早くに来て良かったなとは思います」
スラスラと過去に描いた明確なビジョンを浮かべる。その背景にはバレーボール選手だったという父の存在があった。
「父が大谷翔平選手もやっていた『9マス』の目標達成シート(マンダラチャート)を紙にして出してくれたんです。目標を明確にして、そこまでの積み上げをどうすべきか。小6の時に書きました。自分は嫌々だったんですけど(笑)。今思えばしっかりとプランを立てられたし感謝しています」
磐田時代の先輩、追った遠藤保仁の背中「タイミングが絶妙」
プランの中に記されていた1つが、「17歳でのプロデビュー」だった。2023年、後藤は当時J2のジュビロ磐田でその目標を現実とした。
「正直17歳でデビューしましたけど、話題作りなのかな、と思うところもあった。だからこそ3年はJ2だったとしても自分に向き合う覚悟だった。でも本当はもっと早く結果を出してJ1に連れて行ってJ1でプレーするというつもりでした」
後藤啓介という選手を紐解く上で欠かせないのが、特異なまでの“個”の強さ。特に幼少期は「『人の話を聞かない子』だった」という。
「実際ピッチに立ってやっているのは自分たちですし、その中でどう感じているかも自分たち。(監督やコーチが)外から見ていたらそう思うんだろうけど、中から見たら違うというのもあります。別に反抗しているつもりはなかったですけど、プレー自体はコーチに言われたことは聞いていなかったですね(笑)」
学校でも、チームでも、指導者の言葉をすべて飲み込むというわけではなかった。監督やコーチが言うことにも一理ある。だが、それはあくまで「参考程度」に過ぎないというのが“持論”。もちろん、周囲から学びを得ないわけではない。自ら情報を取りに行き、精査する。プロの世界に足を踏み入れた後藤を待っていたのは、日本を代表するレジェンドたちの背中だ。
「ヤット(遠藤保仁)さんからは、常に力が抜けていることの重要性を学びました。50%でやっているわけじゃないんですけど、そう見えるじゃないですか。でもめちゃくちゃ上手くて、パスを出すところ、タイミングが絶妙。ヤットさんはスピードをカバーするために誰よりも動いているというのを実際間近で見ることができた。あれは衝撃でした」
ベテランたちのプレーを凝視し、自分に取り入れられる要素を「盗む」ことは誰よりも貪欲だった。
「周囲から言われるのは嫌なんです(笑)。だから、自分から取りに行く。ヤットさんもそうですし(中村)俊輔さんもそう。偉大なプレーヤーの方を見て学べた。僕にとっては背中で語ってくれたベテランは『恩師』に近い感覚かなと」
プラン通りに17歳でプロの門を叩き、J2で7ゴールをマーク。順調なキャリアを歩んでいるように見えたが、後藤の心はすでに海を越え、欧州の舞台へと向かっていた。それは父と綴った「9マスの野望」を実現するための、必然的なステップだった。
(FOOTBALL ZONE編集部・小杉 舞 / Mai Kosugi)

















