早期のトップ昇格打診で「気持ちが先走った」 10番主将が重圧に苦しみ…救った“昨年の自分”

トップ昇格が決まっている横浜FCユースのDF佃颯太
キャプテンで10番、そしてトップ昇格。この責任が横浜FCユースのDF佃颯太の肩に重くのしかかり続けた1年間だった。
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ずば抜けた精度と繊細さを誇る左右のキックとスピード、突破力を武器に、左サイドバックとして1年の時から頭角を現すと、昨年は主軸としてプレミアリーグEAST優勝に貢献し、最高学年となった今年はサイドバックながら10番とキャプテンを託された。
「ずっと10番を背負いたいと思っていたので、もらった時は素直に嬉しかったですし、期待をされているなと感じました。キャプテンも任されたことで、10番とキャプテンマークの両方を背負うことに物凄く責任と重みを感じました」
この重圧が佃を大きく苦しめた。高校最後のプレミアEASTが開幕すると、クラブからも早い段階でトップ昇格を打診されていたこともあり、よりプレッシャーを背追い込んでしまっていた。
「周りの期待により早く応えたいという気持ちが徐々に焦りを生み出していきました。後は個人的にマルセロ(元レアル・マドリードなど、元ブラジル代表)を参考にしていて、左サイドバックから攻撃にさまざまな形で関わっていくなど、『違い』を見せられる選手だと思っています。僕も左サイドバックとして違いを見せたいという気持ちが先走ってしまうようになりました」
空回りする自分を感じていたが、より「なんとかしなきゃ」という気持ちがより焦りを生み出し、自分らしいプレーができない状況に陥った。前期、なかなか勝ち点を積み上げられないチーム状況もあり、「個人的なプレーの質が上がらない中で、キャプテンなのに人に矢印が向いてしまうことも何度かあった」と苦しんだ。
「僕はボールを積極的に受けて動かしたり、運んでいったりするのが武器なのに、この時期はボールを受けるのが少し怖いというか、どのポジションをとっても相手からプレッシャーを感じるようになってしまって……。練習試合や公式戦でその消極的な姿勢からミスが出てしまうと、『より怖い』と思うようになってしまいました」
どん底だった佃を救ったのは、「昨年の自分」だった。7月の日本クラブユース選手権でグループリーグ敗退を喫した後のリーグ中断期間中に自分を見つめ直そうとすると、ふとある疑問が頭に浮かんだ。
「調子が良かった昨年の自分はどんなプレーをしていたんだろう」
そう思った佃は、2年生の頃の試合映像を見返すようになった。すると画面には、物怖じをせずに積極的にボールを受けて、迷わずに突破を仕掛けたり、相手を引きつけてからフリーになった味方にパスをつけて、そのまま高い位置をとったりと、のびのびとプレーをする自分の姿が映し出されていた。
「今、できることを、自信を持ってやる。積極的にボールを要求して、ミスしてもいいからとにかく要求する。その中で自分のプレーを出した上で、改善すべきところが出たら練習から改善していく。変にプレッシャーを感じてしまうより、その流れを3年生になってもひたすらやることが大事だと思った」
過去の自分が大切なものを教えてくれた。もう一度自分と向き合って考えを整理し、初心に戻った状態でプレミアEAST後期に臨むと、前期は1ゴールだったが、後期だけで4ゴールをマーク。守ることができて、攻撃ではアクセントとフィニッシュまで関わることができるサイドバックとして大きく躍動をした。
リーグの順位は7位に終わったが、後期は10番、キャプテン、トップ昇格選手にふさわしいパフォーマンスを見せた。
「2年生の頃を思い出しながらも、2年生のまま止まっていてはいけないので、やれていたことをもう一度ブラッシュアップして、ワンランク上に持っていく。具体的にいうと、攻撃参加の時にチャンスメークだけでは無く、ペナルティーエリア内で変化を加えられるようにするなど、このサイクルを生み出せたことで、今まで見えなかったものが見えるようになりました」
高校最後の試合となった流通経済大柏戦での同点ゴールの起点もまさに磨いて来た形だった。
「苦しんだ半年間でしたが、僕にとって必要で、貴重な半年間だったと思います」
次なるステージはJリーグ。左右の両足を操れて、攻撃に様々なアクセントとフィニッシュワークを生み出せるサイバックとして、『確固たる自分』をしっかりと持って新たなステージに挑む。
(安藤隆人 / Takahito Ando)
安藤隆人
あんどう・たかひと/岐阜県出身。大学卒業後、5年半の銀行員生活を経て、フリーサッカージャーナリストに。育成年代を大学1年から全国各地に足を伸ばして取材活動をスタートし、これまで本田圭佑、岡崎慎司、香川真司、南野拓実、中村敬斗など、往年の日本代表の中心メンバーを中学、高校時代から密着取材。著書は『走り続ける才能達 彼らと僕のサッカー人生』(実業之日本社)、早川史哉の半生を描いた『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、カタールW杯のドキュメンタリー『ドーハの歓喜』(共に徳間書店)、など15作を数える。名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクターも兼任。

















