J3で挫折も覚悟の残留→掴んだ夢の舞台 這い上がった“苦労人”が秘める思い「ピッチに出してくれ」

今夏秋田から神戸に加入したFW小松蓮
鹿島アントラーズに次ぐ史上2チーム目のJ1リーグ戦3連覇を目指し、その鹿島を2位で追うヴィッセル神戸に新たな武器が備わりつつある。今夏にJ2のブラウブリッツ秋田から加入。プロになって8シーズン目で、J3からはい上がってきた27歳の苦労人ストライカー・小松蓮が全身からほとばしらせるハングリーな思いが、清水エスパルスに苦しめられた直近の一戦で神戸に貴重な勝利をもたらした。(取材・文=藤江直人)
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王者ヴィッセル神戸の一員になってまもなく3か月。小松蓮は心のなかでこんな思いを抱いている。
「点を取る自分をひたすらイメージしている。自信もある。ピッチに送り出してくれ」
J2のブラウブリッツ秋田から完全移籍で加入したのが7月4日。リーグ戦への出場が可能になった同20日のファジアーノ岡山戦で、後半36分から途中出場して念願のJ1デビューを果たした。
しかし、その後はリーグ戦でなかなか出場機会が訪れない。リザーブで終えた試合が2つを、ベンチ外の試合は4つを数えた。一方でカップ戦では先発で起用され、J3のSC相模原との天皇杯準々決勝の前半30分には同点に追いつく移籍後初ゴールを一閃。神戸も延長・PK戦の末にベスト4進出を決めた。
神戸に加入した直後。J2およびJ3で50ゴールを決めてきた小松はこんな抱負を語った。
「自分の一番の武器はヘディング。とにかくヘディングでのゴールが得意なので、そこを見てほしい」
言葉通りに初ゴールも頭で決めた。仲間たちが自分の武器を理解しはじめ、新天地にフィットしつつある手応えも深まってきたなかで、リーグ戦での出場機会を求める自分がいた。小松はこんな言葉も残している。
「このチームは周囲が見えている選手が多いし、だからこそいい動き出しをすればいいパスが数多く出てくる。あとは最後の質さえあげればかなりの結果を残せる、という感覚があるので」
2018シーズンにプロになって8年目。長い時間をかけて国内最高峰の舞台へたどり着き、9月には27歳になった小松が貪欲にJ1での結果を求める理由は、波瀾万丈に富んだキャリアも関係している。
チームに残留し得点王に輝いた
中学生年代のU-15から松本山雅FCのアカデミーに所属してきた小松は、U-18からトップチームへの昇格がかなわず、卒団後の2017年春に産業能率大学へ進学した。しかし、わずか1年で状況が一変する。
大学でのプレーが評価され、年代別の日本代表に招集され始めると、松本から練習参加の声がかかった。身長183cm・体重77kgのサイズを生かした豪快なプレーでオファーを勝ち取った小松は、大学側の理解を得たうえで2018年3月にプロになった。しかし、ルーキーイヤーを公式戦出場ゼロで終える。
翌2019シーズンにツエーゲン金沢へ育成型期限付き移籍。さらに2020シーズンからはレノファ山口へ2年間にわたって期限付き移籍。J2で計79試合に出場して10ゴールをマークし、2021シーズンのオフにはJ3へ降格した古巣・松本へ復帰した。しかし、期待された2022シーズンはわずか5ゴールに終わる。
松本も9位に終わってJ2昇格を逃したオフには年俸の減額を提示され、さらに他クラブへの期限付き移籍も打診された。J3の舞台で通用しない、となれば、その後のサッカー人生はいったいどうなってしまうのか。突如として直面したプロキャリアの危機。覚悟を決めた小松は松本への残留を申し出た。
さらに個人的にメンタルトレーナーに師事。弱さを指摘されていた精神面を根本的に変えて、さらに生活習慣の中心に常にサッカーを置いた。生まれ変わる決意とともに迎えた2023シーズン。小松は19ゴールをあげてJ3リーグの得点王を獲得した。得意の頭で決めたゴールは半分近くの「9」を数えていた。
オフには秋田からオファーが届く。プロで初めて背負う「10番」とともにJ2へ再挑戦した小松は、2年目となる今シーズンに開幕から5試合連続ゴールをマーク。2・3月のJ2月間MVPを獲得すると、6月22日のモンテディオ山形戦ではJ2で自身初の2桁ゴールに到達。一気に注目される存在となった。
そして、前述したようにリーグ戦を連覇している神戸へのステップアップを果たした。移籍が発表された時点でJ2得点ランキングのトップタイに名を連ねていた小松は、10ゴールのうち実に「7」を頭で決めている。
劇的弾を演出した
新天地に漂う雰囲気に刺激を受けながら、小松は毎日のように感謝の思いを募らせてきた。
「コーチはいつも試合映像を作ってくれますし、吉田監督に質問すれば常にすごくいい回答をもらってきました。チームメイトには偉大な先輩が多いし、そうした選手たちが、いろいろなところを細かくアドバイスしてくれる。僕が神戸のサッカーに慣れるために、J1という舞台でより高いレベルで戦えるようにしてくれたものを自分なりに落とし込んできたなかで、練習から徐々にパフォーマンスも上がってきた感触がありました」
小松が積み重ねてきた努力が数字に反映されたのは、ホームのノエビアスタジアム神戸に清水エスパルスを迎えた9月27日のJ1リーグ第32節。後半40分から投入され、リーグ戦で通算3試合目の出場を果たしていた小松がスポットライトを浴びたのは、1-1で迎えた後半アディショナルタイム2分だった。
左サイドで縦への浮き球のパスに反応した小松は、清水の2人のセンターバック、住吉ジェラニレショーンとキム・ミンテが迫ってくる状況をしっかりと把握。まず住吉との競り合いでしっかりとボールをキープし、さらに住吉がバランスを崩し、キムと交錯した間に縦へ抜け出して利き足の左足を思い切り振り抜いた。
「顔をあげたときにサコくん(大迫勇也)がニアに突っ込んでくるのは見えていたんですけど、タイミング的にもちょっと遅かったので、誰かがその後ろのスペースに2列目から入ってきてほしいと思って。実際に誰が入ってきたのかは見えていなかったですけど、そうした狙いを込めて身体を最大限ひねって蹴りました」
マイナス方向へのグラウンダーのクロスに飛び込んできたのは、直前に右サイドバックからボランチへポジションを変えていた酒井高徳。クロスに対して複数の選手が相手ゴール前へ飛び込んでいく約束事のなかで、スライディングしながら左足を合わせた劇的な決勝ゴールとともに小松のJ1リーグ初アシストが記録された。
試合後に大迫や酒井から「とりあえず一個、よかったな」と声をかけられた小松は思いを新たにする。
「このチームはすべての試合で勝ち点3を目指さなきゃいけない。それを理解したうえで移籍してきて、ああいう場面で仕事ができたのは自分としてもすごく大きい。ピッチに立った以上はスタメンだろうが、途中出場だろうが自分がもっているものをすべて出して、今度はゴールという形でも貢献していきたい」
首位・鹿島アントラーズとの勝ち点差4と2位をキープし、3連覇へ向けて残り6試合となったリーグ戦。連覇がかかる天皇杯。そして初制覇を目指すAFCチャンピオンズリーグ・エリート(ACLE)。J3からはい上がってきた苦労人、小松がほとばしらせるハングリーな思いが神戸の新たな武器と化していく。
(藤江直人 / Fujie Naoto)

藤江直人
ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。





















