引退後に渡米して築いた異色経歴 「稼ぎない」状況も大学院卒業→強豪大指導までの挑戦の日々

現役引退後に米国でキャリアを築いた太田圭輔氏【写真:本人提供】
現役引退後に米国でキャリアを築いた太田圭輔氏【写真:本人提供】

兄弟Jリーガーの太田圭輔氏、現役引退後はアメリカで異色のキャリアを歩む

 スポーツ万能で成績優秀。実弟である元日本代表MF太田吉彰氏が、どこまでも憧れる兄・太田圭輔氏だが、プロサッカー選手を引退してからは、アメリカに活躍の場を移している。2016年に現役引退を表明した後、渡米して現地のセントラルフロリダ大学に入学。さらに大学院を経て、現在は女子サッカーチームのコーチを務めている。(取材・文=河合 拓/全2回の2回目)

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 アメリカの大学入学はTOEFLというテストの点数や高校時代の成績などが重視され、TOEFLの点数さえクリアしてしまえば比較的、容易に入学はできるとされているが、卒業するまでは本当に大変だ。当然、授業はすべて英語で行われ、単位の取得も難しい。多くの必修科目や選択科目を履修する必要もあって、幅広い知識が求められるのだ。

 清水エスパルスユースから2000年にトップチームに昇格した圭輔氏は、現役引退する2016年まで全力でサッカーに取り組んできた。現役引退後に改めて大学に進学することも珍しいが、それが15年以上の現役生活を過ごした後の選手がアメリカの大学と大学院を卒業したとなれば、もはや唯一無二だろう。

 現役時代、外国籍選手と話すのが好きだったという圭輔氏は、英語で深いコミュニケーションが取れないときに、英語を学びたいという思いが強くなっていたという。それでも英語を身に着けたいのであれば、イングランドをはじめとするヨーロッパでも良かったはずだ。現在、日本代表の選手のほとんどが欧州組になったように、サッカーといえばヨーロッパのイメージがある。なぜ、そこでアメリカを選択したのか。

「『なんでヨーロッパじゃなかったの?』って、よく聞かれるんですけど、アメリカは野球やバスケットボール、アメリカンフットボールなど、スポーツが盛んです。スポーツマネジメントの分野には長けていますし、メジャーリーグサッカー(MLS)も当時伸びていて、今でもリオネル・メッシがいたりして人気もあって10万人が入るような試合もあります。女子もMWSLというリーグがあるのですが、そこもチームによっては2万人以上入る。そういったスポーツビジネスの部分を肌で感じてみたかったですし、引退したらアメリカの大学と大学院に通って英語で専門分野を学んでみたいという気持ちがありました」

語学学校を卒業後に短期大学へ

 もともと「英語は好きだった」圭輔氏は、高校でも英語科を卒業していた。それでも現役を引退した35歳のときの英語力については、「ほぼほぼゼロからのスタート」という状態だったという。引退前からアメリカに行く考えを聞かされていた吉彰氏は、「すぐ帰ってくるのかなと思っていた」と言うが、すでに渡米して10年が経つ。

 圭輔氏は、まず英語力を高めるために1年間、語学学校に通い、レベル1からレベル5の過程を終え卒業する。「1年だけアメリカに行って帰ってきても、英語ができるようにならないと思うのでやり切る形で」と語学学校を卒業後、TOEFLなどの試験を受けてまずはアメリカの短期大学に入った。

 難解であることが火を見るよりも明らかなセカンドキャリアを、圭輔氏はいつから思い描いていたのか。「FC岐阜でプレーしているとき、最後の2年くらいは持ち味であったスピードや持久力などの身体能力が落ちてきたのを感じていました。その頃に『海外で指導者として活躍したいな』と思うようになり、アメリカの大学に行ってみたいなと思ったんです」。

 日本では入学した大学を卒業するのが一般的だが、アメリカでは入学した大学や短期大学で必修科目の単位を取得してから、別のより専門的な大学へ転籍することが主流となっている。留学費用も安価になるうえ、学業のサポートも充実しているという。圭輔氏もまずは短大で2年間学んで必修科目を全て終えたあとに4年制のセントラルフロリダ大学へ編入。そしてセントラルフロリダ大学を卒業し、そのまま大学院へ進学し卒業した。

 アメリカでサッカーのコーチングライセンスを取得するために、セントラルフロリダ大学でスポーツ&アスレチックコーチングを専攻した圭輔氏だが、短大での2年間は数学、化学、生物学などの必修科目も受講し、単位を取得しなければいけなかった。

 一部の大学の科目については「自分のコーチングの仕事に活かせるかと言ったら、全く活かせない」と圭輔氏は認めつつも「全部英語なので普通じゃありえないぐらい難しかったですが、でも、自分の目標に行き着くためにはそれをやらなきゃいけなかったので初めは大変でしたけれど、やり切りました」と、サッカー選手引退後の夢へ向かう強い思いが突き動かしたと語った。

「たまたま」選んだ強豪校

 セントラルフロリダ大学は、数年前に男子サッカーチームも全米のランキングで1位になったこともあり、女子サッカーも30人以上のプロ選手を輩出した名門だった。圭輔氏が指導した選手も現在アメリカやヨーロッパでプロとして活躍している。だが、セントラルフロリダ大学がサッカーの強豪である事実を圭輔氏が知ったのは、大学入学後のことであり「たまたま」選んだ大学が強豪校だったのだという。

 渡米して10年が過ぎ、笑顔で当時を振り返った圭輔氏だが、血の滲むような努力に加えて経済的な負担も強いられる日々だった。「本当に朝から晩まで大学に入りびたりで勉強していましたし、稼ぎもないので奨学金のプログラムをうまく使ったりして、本当に自分に投資した形ですね。だからやりきらないといけない、途中で帰ったら、一番意味がない。中途半端では何も成し遂げられないと思っていたんです」。

 奇跡的だったのはタイミングだ。圭輔氏がセントラルフロリダ大学に入学してからスポーツ&アスレチックコーチングという専攻ができたが、卒業した後にはその専攻はなくなっていた。

 アメリカでコーチングの仕事をするのであれば、コーチングに関する専攻を大学や大学院で修了しておく必要があったため、「すごく運が良かった。ビジネスなどを専攻していたら、コーチとしてはビザが発給されないのでアメリカに残れなかったんです。そういうことも初めは知らなかったけど、出会いやタイミングにもすごく恵まれて、運良く流れに乗っていった感じです」と圭輔氏は言う。もはやコーチングの神様が手を貸したとしか思えないような話だ。

 30代半ばで引退したサッカー選手が、異国の大学と大学院を6年かけて卒業しただけでも驚異的だが、彼は同時期に別の資格も取得していた。自身の選択肢を広げるため、また『アメリカの大学と大学院を卒業するだけではなくアメリカでコーチの仕事をするために』と、アメリカと日本の両方の指導者ライセンスの取得も目指したのだ。

 すでに日本にいたときに日本のB級ライセンスを持っていた圭輔氏だが、アメリカのライセンスはイチから取得した。アメリカのライセンスは一番下のグラスルーツから始まりD級、C級、B級、Aユース、Aシニアと分かれており、さらにその上に限られた人しか受けられないプロライセンスがある。

 アメリカでコーチの仕事をし、課題もこなしながら、年に3回帰国して圭輔氏は2024年、日本の指導者A級ジェネラルライセンスを無事に取得する。2025年6月現在はMLSやNWSL(アメリカ女子のプロ一部リーグ)の監督が持つアメリカサッカー協会(USSF)公認Aシニアライセンスを受講中で、現在課題をこなしている。

日本サッカーへの関心は世界で高まっている

 異国の大学と大学院の勉強だけでも大変なはず。さらに自分を追い込む状況になったが、「アメリカには日本のA級ジェネラルライセンスを持っている指導者はほとんどいません。日本のA級ライセンスを持っていると、『日本のライセンスを持っている指導者って、どんな指導者なんだろう?』と興味を持ってもらえて、アメリカ人やその他の国から来た指導者とも違いを出せるかもしれないし、日本のA級ライセンスを持つことが仕事に直結しなくても、アメリカにいると強みにはなると思ったんです」と、当たり前の選択だったようにサラリと言う。

「勉強でアメリカの大学と大学院を出た人って、もちろん星の数ほどいると思うんです。自分が日本で16年、Jリーグで選手としてやった経験をどう活かしていくかと考えたときに、ただ大学・大学院を卒業するだけではなく、それにプラスアルファで日本のA級ジェネラルライセンスやアメリカの指導者ライセンスも取れていたら、より自分が選手としてやってきたことも生かせるし、大学院卒業後のキャリアでも活きてくるなと思いアメリカから日本のライセンスの取得も目指しました」

 日本の指導者ライセンスを持っているからといって、必ずしも海外のチームで監督を務められることにはならない。それでも現在、ヨーロッパの主要リーグのほとんどに日本人選手が在籍し、活躍している。2022年のカタール・ワールドカップ(W杯)では森保ジャパンがドイツ代表やスペイン代表といった優勝経験国も撃破してベスト16進出を果たし、日本サッカーの躍進は注目を集めた。

 世界的に日本サッカーへの関心は高まっていることから、ライセンス取得には小さくない意味があるという。アメリカで活動する圭輔氏も「日本人は、テクニカルで、小回りが利いてパスワークがすごくうまいと必ず言われます」と、日本人選手が普段どのようなコーチングを受けているかよく聞かれるという。

大学4年次にセントラルフロリダ大学女子サッカーチームのコーチに抜擢【写真:本人提供】
大学4年次にセントラルフロリダ大学女子サッカーチームのコーチに抜擢【写真:本人提供】

セントラルフロリダ大学の女子チームのサッカーコーチに抜擢

 プロとして16年間活躍し、指導者ライセンスも持ち、日本のサッカーを深く知っているという裏付けもあった圭輔氏は、大学4年時にアメリカでも有数の強豪であるセントラルフロリダ大学の女子チームのサッカーコーチに抜擢される。周囲が唖然とするような自身の歩みを淡々と振り返る圭輔氏自身も「アメリカの大学サッカー部のコーチになるには競争やタイミングもあり、なかなかなれないので運も良かった」と言う異例の抜擢だ。

 このチャンスをつくった行動力も、特筆すべきものだ。セントラルフロリダ大学の一生徒であった圭輔氏だが、特に同大学の女子サッカーチームとのつながりはなかった。ある日、何のツテもないままチームが大学で練習しているところに歩いて行き、「日本のJリーグで選手をやっていて、今、ここの大学でコーチングの勉強をしている太田圭輔です」と、ティファニー監督に挨拶をしに行ったという。

 セントラルフロリダ大学の女子チームを率いるティファニー監督は、1996年のアトランタ五輪や1999年の女子ワールドカップ(W杯)を優勝している元アメリカ女子代表DF。指導者としても、2023年にオーストラリアとニュージーランドで共催されたFIFA女子W杯ではアメリカ代表のコーチにも入っていた人物だった。

「サッカー部があるなと思って、ネットでどういう人がコーチでやっているのかを調べたら、すごい経歴を持った人が監督だったのでビックリしました。初めて挨拶に行ったときもすごく誠実な対応をしてくれた」と話す圭輔氏だが、これをきっかけにチームとの関わりができ、その後アシスタントコーチのポジションに空席ができたときに、「そのポジションにうまく入り込めた」と、コーチングスタッフ入りの背景を語った。

 ティファニー監督と働くということは、現役のアメリカ代表のコーチングスタッフに入っている人物と働くということだ。自然とアメリカ代表コーチングスタッフの指導方法や考え方に接する機会を得ることとなった。また大学ではスポーツコードという分析ソフトも使いながら試合の分析方法を学ぶこともできた。これほど日米のサッカーに精通する人物は、なかなかいないだろう。

日本とアメリカの指導の違いは?

 Jリーガーとして日本のプロの現場を見てきた圭輔氏は、日本とアメリカにおける指導の違いについて「コーチングの際の声掛けの仕方や指導方法などはそこまで大きくは変わらないですね」と言う。「ただ、アメリカのAシニアライセンスの方が月に何回もオンラインで講義をしたり、山のように課題を提出しなければいけない。それを1年通して英語でやるので、そういった意味では大変さはありますけど、先に日本のA級ジェネラルライセンスを取ったことがすごく助けにもなっています」と、向上できる環境があると話した。

 こうしたキャリアを有していることが知られていけば、さまざまな指導現場から引っ張りダコになりそうな圭輔氏だが、どのようなキャリアを歩みたいと思っているのか。

「アメリカに来て、もう10年目になりました。セカンドキャリアに向けて自分がアメリカに行くときに、中期で立てた目標としてアメリカの大学と大学院を卒業すると同時に、在学中にアメリカの指導者ライセンスも取りたいと思っていました。現在、大学院は卒業してAシニアのライセンスも受講中なので、ようやく次に向けてチャレンジする準備が少しずつできてきました。

 まだまだ日本でもアメリカでもさらに上級のライセンスに挑戦したいですし、海外で指導者として活躍したい。できればアメリカでプロのレベルでやりたいなと思いますし、いつか日本でもアメリカでやった経験を活かすチャンスがあれば、活かしていけたらいいなと思います」

 指導者として海外のプロの現場での活躍を夢見る一方、アメリカの大学でサッカーをする日本人選手や指導者を目指す日本人が増えてきていることも実感しているという。圭輔氏は、プレーの指導以外の部分でも、アメリカの大学・大学院卒業者として、そうしたアメリカで頑張りたいという学生への協力もしていきたいと言う。

「自分がアメリカで指導者として活躍しながら、こっちで頑張っている日本人選手達を助けて上げられるような存在になれればいいなと思っています」

 プロサッカー選手として16年、引退後に学生として6年間、膨大な知識をインプットして経験を積んだ圭輔氏が、どのような指導者キャリアを歩み、どのような選手を育て、チームを作り上げていくのか、興味が尽きない。

(河合 拓 / Taku Kawai)



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