覚悟した辞任「俺ってホント、情けないな」 曺貴裁監督の後悔…進む分析技術の”弊害”「目が向きづらい」

京都の曺貴裁監督【写真:(C)KYOTO.P.S.】
京都の曺貴裁監督【写真:(C)KYOTO.P.S.】

曺貴裁監督の京都での紆余曲折な出来事

 前代未聞の大混戦になっている2025年J1。とりわけ目を引くのが、京都サンガF.C.の大躍進である。2022年・16位、2023年・13位、2024年・14位とトップハーフに入れなかった彼らが今季は堂々と優勝争いを演じているのは、傍目から見るとサプライズにも映る。ただ、キャプテンマークを巻く福岡慎平が「曺(貴裁)さんの体制が5年目で、やっとスタイルが形になった。今、この順位にいるのは別に偶然じゃない」と強調した通り、地道に積み重ねてきたものが開花しつつあるのは確かだろう。そこで、2021年から指揮を執る曺貴裁監督に今回、単独インタビューを実施。4年半のチーム強化、マネージメントの変化、指導者として大事にしていることなどを詳しく伺った。(取材・文=元川悦子/全8回の1回目)

【PR】DAZNを半額で視聴可能な学生向け「ABEMA de DAZN 学割プラン」が新登場!

   ◇   ◇   ◇   

 2025年の京都のデータを見ると、第28節終了段階で総得点52はトップ。1試合平均得点の1.7もトップだ。だが、1試合シュート数や平均シュート本数は下位。「数少ないチャンスを確実に仕留める」という傾向があるようだ。

「走るサッカー」のイメージ通り、チーム走行距離も3位。けれども、チャンスクリエイトは14位、ボール支配率16位、パス本数が19位、ドリブル本数が20位とあまりボールを持たないことが数字からもうかがえる。

 このようなデータに目を向けつつ、曺監督は話を切り出した。

「シュート数が多くて決定率が高い、あるいは被シュート率が少なくてゴール前できちんとディフェンスできるチームが勝つ。それが当たり前ではあるんですけど、そういうことができるチームが世界にどれだけあるかと言えば、絶対的に少ない。そういう中で、京都が上にいくためにまず欠かせないのは、『相手より多く人数をかけて攻める。そして相手より多く人数をかけて守る』。それが根本的なコンセプトなんです。

 打たれたシュートが多くても、ゴール前で体張って投げ出せばいいし、シュートが少なくてもその分、決定的なチャンスを作っていればいい。チャンスクリエイト数って僕もよく見るんだけど、見方によって全然違うんですよね。そこで重要なのは、チャンスだと思った時に全速力で相手ゴールに向かえているか、ボールを失った時に全速力で戻れるか、どう相手の弱点を突いていくかといった点。全部キレイにやろうとしても難しいんで、本質的なところだけ徹底してもらえばいいと僕は思っています」と指揮官はデータにこだわりすぎることなく、自分たちのスタイルを突き詰めていることを改めて強調した。

欧州サッカーを見るのが日課に

 京都の選手は球際やボール奪取に強いというイメージもあるが、そこも曺監督が重視するポイント。彼が指導した遠藤航(リバプール)や川﨑颯太(マインツ)などは、そのストロングを突き詰めて世界へ羽ばたき、力強く前進している。

「航や颯太は僕が教えなくても自分で世界に行って活躍したと思いますよ。航を筆頭に日本代表選手たちは『日本と欧州では競技が違う』『別のスポーツ』という表現をよくしますよね。僕はそこに甘んじてはいけないという思いが非常に強いんです。

『パスもまあまあつなげるし、プレスもまあまあ行ける、シュートも打てて、守れます』という平均的にいいチームが上に行くチームになれますかという問いに対して、僕自身はノーと答える。どこか尖ったところがあって、そこに自信を持っている選手がいるチームじゃないと、難しいJ1で上位に行くのは簡単じゃない。京都はそういうところを研ぎ澄ませているチームだという自負はあります」と曺監督は目を輝かせる。

 上記のように、今の時代はあらゆるデータが瞬時に手に入る。UEFAチャンピオンズリーグ(欧州CL)、イングランド・プレミアリーグのような世界最高峰のサッカーもパソコンを開けばすぐに見られる環境だ。指揮官も普段は夜20~21時に寝て、4時前には起き、欧州CLなどをライブ視聴するのが日課になっているというが、そういう基準やトレンド、数値ばかりに目を向けすぎて、選手の個性や特徴を伸ばすことを忘れてはいけない。それを最近は特に肝に銘じながら、指導に当たっているのだ。

「そこは本当に自分でも気を付けないといけないと思っていることなんですよね。ラグビーとかバレーボールを見ていても、ワンプレーごとに分析ができて、それを選手にタブレッドで見せるというのが日常茶飯事になっていますけど、実際にプレーしている選手が何を感じながらやっているかに目が向きづらい世の中になっていると感じます。

 データを見て分析する前に、実際に戦う人たちがどんな感情を持ち、どういうことを好んでいるのかを推し量らないと、ロボットと話しているのと同じになってしまう。『俺ってホント、情けないな』と55歳になって感じることが実際にあったんです」

昨年は残留争いに巻き込まれた

 曺監督の意識が変わる大きなきっかけとなったのが、2024年5月の5連敗だった。FC東京、FC町田ゼルビア、アビスパ福岡、浦和レッズに負け、そしてサンフレッチェ広島に0-5で大敗した時、彼は京都に赴いて初めて辞任を覚悟したという。

「オフ明けの練習に行く車の中で、『俺は普段の練習で選手とあんまり向き合っていなかったな』とふと思いました。相手の分析とかやり方ばかり見ているけど、選手たちの思いとか取り組みをちゃんと見ていなかったと自省したんですよね。

 その頃は7色のビブスを使ったり、コートの大きさを変えたりと次の試合に向けてのポイントをよく練習していたんですけど、その日はシンプルなクロスの攻防とか分かりやすい内容にしたんです。すると、選手たちがすごくイキイキとしていて、大きな手ごたえを感じました。

 その後も引き分けが続いて苦しかったですけど、6月から徐々に復調し、ラファエル・エリアスが入ってきて弾みがついた感じでした。そういう経験から『もう1回、選手を見よう』『スタッフを見よう』という気持ちになった。今もそのことを心がけて取り組んでいますよ」

 サッカーは人間同士が向き合って初めてうまくいくもの……。京都指揮官就任後、最大の苦境を乗り越えた曺監督は初心に戻って今も現場の1人1人と向き合い続けている。それが今季の快進撃につながっているのだ。(第2回に続く)

(元川悦子 / Etsuko Motokawa)



page 1/1

元川悦子

もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。

今、あなたにオススメ

トレンド

ランキング