4か月半ぶり降格圏脱出も…主将は知らず「そうなんですか」 誓った「すべてが決勝戦」

横浜FMの喜田拓也【写真:徳原隆元】
横浜FMの喜田拓也【写真:徳原隆元】

横浜FMキャプテン喜田拓也、ブラジルトリオ退団も「快く送り出しました」

 不振にあえいできた横浜F・マリノスが、約4か月半ぶりにJ2降格圏から脱出した。8連勝中だったFC町田ゼルビアをホームの日産スタジアムに迎えた8月23日のJ1リーグ第27節で、執念のスコアレスドローに持ち込んで17位の湘南ベルマーレと順位を入れ替え、さらに16位の名古屋グランパスにも勝ち点3ポイント差に迫った。町田戦が31歳の誕生日だったキャプテン、MF喜田拓也が試合後に新たにした思いに迫った。(取材・文=藤江直人)

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 J2への降格圏から脱出できた状況を、横浜FMのキャプテン、喜田は知らなかった。試合後のロッカールームでいっさいの情報をシャットアウトしながら、長い時間を身体のリカバリーにあてる。次の試合へ向けたルーティンは、23日の町田戦後もまったく変わらなかったからだ。

「そうなんですか。リカバリーをしていて、まだ(他会場の結果を)見ていないので……」

 怒濤の8連勝と暫定首位を引っ提げて、マリノスのホーム、日産スタジアムに乗り込んできた町田と0-0で引き分けて勝ち点を25に伸ばした。他会場ではキックオフ前の時点でJ1残留圏の17位だった湘南がファジアーノ岡山に敗れた。その結果、マリノスが勝ち点で並び、得失点差で上回って順位が入れ替わった。

 開幕から不振にあえいだマリノスが19位に後退し、降格圏へ初めて足を踏み入れたのが4月2日。浦和レッズに1-3で敗れた同20日には最下位へ転落した。長く暗いトンネルを約4か月半ぶりに抜け出しても、喜田は「あまり気にしていないですね」と淡々とした口調でベクトルを自分たちへ向けた。

「僕たちはどんな形でも、勝ち点を1でも3でも積み上げていくしかないので。他のチームがどうこうだと一喜一憂している場合じゃないというか、いい意味で気にしていないし、深く考えてもいません。きょうは数字が表す通り非常に強いチームでしたけど、たとえ同じ土俵で戦ったとしても絶対に引いてはいけないという強い気持ちで臨みましたし、みんなの気迫みたいなものはピッチの上に落ちていたと思います。もちろん僕たちがひと刺しして勝てれば理想的でしたけど、今後へ向けて前向きになれる1ポイントだったと思っています」

 町田戦当日に31歳になった。誕生日にピッチ上で戦った経験は、と問われた喜田は思わず苦笑した。

「うーん、どうだったかな。誕生日に近い試合の記憶があるんですけど、当日に関してはちょっと……」

 実は3度目だった。最初は2014シーズン。ニッパツ三ツ沢球技場に川崎フロンターレを迎えた一戦で、プロ2年目で背番号も「28」だった喜田は、後半45分からレジェンドのMF中村俊輔に代わって途中出場。小学生年代からアカデミーひと筋で育ち、いまも深い愛着を抱くマリノスでJ1リーグ戦デビューを果たしている。

 町田戦で通算出場試合数を「283」とした喜田が、マリノスへの愛にリンクさせながら胸中を語った。

「サッカー選手としてもそうですけど、人として無事に誕生日を迎えられる状況を本当に幸せだと思います。大切な家族がいて、大切な仲間がいて、僕に関しては何よりもすべてをかけたいと思えるクラブがある。苦しみやつらい状況もありますし、そのなかで日常のありがたさ、というものをどうしても忘れがちになるのは人間なら誰しもあるものですけど、そうした普通がどれだけありがたいか。サッカーができる状況も含めて、健康でいられる状況への感謝の思いを人として忘れずにいられれば、同時に選手としての成長もあると思っています」

 誕生日にプレーした2度目の試合は2020シーズン。キャプテンに就任し、背番号も「8」に変えて2年目の喜田は、日産スタジアムで行われたサンフレッチェ広島戦で先発フル出場。マルコス・ジュニオール、ジュニオール・サントス、エリキのブラジル人トリオのゴール共演で、3-0で快勝した一戦をボランチで支えた。

 6月までに監督が2度も交代するなど、大混乱をきたしてきたマリノスの今シーズンをあらためて振り返れば、チームが看板に掲げるアタッキングフットボールをけん引してきたブラジル人FWトリオ、アンデルソン・ロペス、エウベル、ヤン・マテウスがそろって今夏に退団。国内外へ新天地を求めていった。

「選手たちの入れ替わりがあったなかで、チームに長く貢献してくれた選手たちが抜けるなど、いろいろな状況がありました。そのなかで彼らは彼らで大きなものをしっかりとチームに残してくれたし、彼らの功績も、いまも彼らへ抱く感謝の思いも変わりません。その意味でリスペクトを込めて快く送り出しました」

 ブラジル人トリオらとの別れを、喜田は万感の思いを込めてこう振り返った。さらに入れ替わる形で今夏に加わった谷村海那、角田涼太朗、オナイウ情滋、イスラエル出身のディーン・デイビッド、ベルギー出身のジョルディ・クルークス、ブラジル出身のユーリ・アラウージョらの新戦力とともに戦っていく今後をこう見すえる。

「逆にマリノスのために、と思って来てくれた選手たちもいるし、このメンバーでマリノスをはい上がらせる、という決意とともに腹をくくってスタートしている。みなさんには不安といったものが見えているかもしれないですけど、泣いても笑っても残り11試合、魂を込めてすべてが決勝戦だと思って臨んでいきたい」

 3-1で快勝した16日の清水エスパルス戦では角田、デイビッド、谷村と新戦力がゴールで共演。大雨が降り続く悪条件下で怪我人や足をつる選手が続出した展開で、喜田は主戦場のボランチからセンターバック、右サイドバック、自身の足がつってからはさらに右サイドハーフでフル回転してマリノスを縁の下で支えた。

 町田戦ではジュビロ磐田から加入したばかりの左利きのクルークスが、マテウスが主戦場としていた右ウイングで先発した。シーズンの後半戦から新たな顔ぶれで戦っていく今後へ、喜田は「みんなで練習からひたむきにプッシュして、いい準備をしてきたい」と敵地でヴィッセル神戸に臨む30日の次節を見すえた。

「マリノスに所属しているからには責任をもって、人生をかけて戦っていく。自分がキャプテンだからとかじゃなくて、このクラブを愛する一人として引っ張っていきたいし、どれだけ苦しくても、あるいはつらくても、このクラブのためにみんなが頑張れれば絶対に道が切り開けると信じて前へ進んでいきたい」

 残り11試合には神戸をはじめ、柏レイソル、広島、京都サンガ、そして最終節の鹿島アントラーズと優勝争いを演じる上位陣との対戦も待っている。まだまだ予断を許さない戦いへ、マリノスの大島秀夫監督から「誰もが知るチームの象徴」と全幅の信頼を寄せられる喜田が、ますます大きな存在感を放っていく。

(藤江直人 / Fujie Naoto)



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藤江直人

ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。

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