首位は「偶然じゃない」…京都、快進撃の理由 アメフト映像で指示、曺貴裁監督の手腕

京都の曺貴裁監督【写真:産経新聞社】
京都の曺貴裁監督【写真:産経新聞社】

欧州も経験した原大智が証言「やっているサッカーは絶対に間違っていない」

 大混戦が続いている2025年J1上位争い。8月23日に行われた第27節で鹿島アントラーズがアルビレックス新潟を下したことで、勝ち点を51に伸ばし、暫定首位に浮上。彼らを同50の町田ゼルビア、柏レイソル、ヴィッセル神戸、同49のサンフレッチェ広島が追走する構図になっていた。

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 26試合終了時点で同48の京都サンガは1日遅れでFC東京とアウェーで激突。この試合に勝てば首位に再浮上するという重要な一戦だった。しかしながら、京都が味の素スタジアムでFC東京戦に最後に勝ったのは2002年。完全なる鬼門をいかに突破するのか。チームの底力が問われる大一番となった。

 京都の選手たちに苦手意識は一切感じられなかった。開始早々の前半5分、左SB佐藤響のサイドチェンジに反応した右SB福田心之助がペナルティエリア内でDFバングーナガンデ佳史扶に倒され、いきなりPKを得る。これをエースFWラファエル・エリアスが確実に決め、キックオフから10分も経たないうちに先制に成功する。

 さらに前半13分にもFC東京のGKキム・スンギュにラファエル・エリアスが倒され、2度目のPKをゲット。これもゴールとなり、京都はハイプレスから相手のミスを誘うという理想的な展開から2点をリードすることに成功した。

 その後、FC東京が反撃に打って出て、京都がやや押し込まれる形になった。が、彼らは強固な守備組織を崩すことなく、相手を跳ね返し、前半終了間際に福田のスローインの流れからボールを奪い返し、MF平戸大貴のクロスをDF鈴木義宣が頭で流し込んで3点目。この時点で勝利をほぼ確実にした。

 迎えたハーフタイム。曺貴裁監督は22日の柏対浦和レッズ戦の事例を引用しつつ、語りかけたという。

「『引きすぎたら相手の思うつぼ』という話は曺さんからも話があった。僕らもそう思っていたけど、より意識が鮮明になりました」とCBの宮本優太は前向きに言う。15分しかないインターバルで、瞬時に効果的な映像を抽出して選手たちに見せ、やるべきことを明確に伝えらえるのが、曺監督の卓越した指導力なのである。

 この時は映像を使わなかったというものの、指揮官はミーティングで多種多様な映像を用いるのが常。ときにはサッカー以外に目を向けることもあるという。そう証言するのは、川崎颯太(マインツ)移籍後にキャプテンマークを巻いているMF福岡慎平だ。

「前半の2点につながったシーンのように、パリ・サンジェルマンやトッテナムのような世界トップレベルのチームがゴールキックからボールを狩りに行くスタイルで実践しているという映像は、これまでも何度か見せられました。でも曺さんのミーティングは毎回同じじゃない。アメフトとかラグビーの映像を使うときもありますね。

 アメフトのときは、みんなでいい距離感を保ちながらスライドすることを伝えるのが狙いでしたね。アメフトはボールが横に移動するなか、守備陣がスライドしながら守っていく。そのやり方を示してくれれば、僕らも分かりやすいし、モチベーションも上がる。今、僕らの守備陣がうまくスライドできているのは、そういう映像から学んでいることも大きいと思います」

 曺監督の映像を使った指示の効果もあり、後半の京都は守備のバランスが修正され、安定感を取り戻した。そして終盤には、FC東京のGKキム・スンギュからMF東慶悟に縦パスが出たところを松田天馬が鋭くカット。これを再びラファエル・エリアスが決め、ハットトリックを達成。4-0で勝ち切り、首位を奪取。クラブ初のJ1制覇に向けて、力強い布石を打ったのである。

 この4つのゴールを見ていても分かる通り、京都は強度の高い守備を90分間貫き、足を止めずに走り続けて得点につなげている。7月のE-1選手権(龍仁)で日本代表デビューを果たしたFW原大智も指揮官との2年間の共闘を経て、その重要性を再認識した様子だ。

「『守備がチャンス』というのは、曺さんがよく言っていること。それは今、ヨーロッパでも当たり前になっている。自分も将来、またヨーロッパでプレーしたいんですけど、そのためにも今、やっているサッカーは絶対に間違っていない。チーム全体がオートマチックに動けるようになっていることも大きいと思います」

 原のようにFC東京を皮切りに、クロアチアのNKイストラ、スペインのアラベス、ベルギーのシント=トロイデンと複数クラブでプレーし、さまざまな指導者の下でプレーしてきた選手は、複数の異なるサッカー観を植え付けられてきた分、進むべき方向を定めにくい部分があったのではないか。ポジションも最前線だったり、2列目だったりとコロコロ変化し、自分のストロングを突き詰めるのが難しかったはずだ。

 けれども、2023年夏に京都に赴き、主にサイドで起用されるようになってからは、プレーの幅が広がり、守備のハードワークにも磨きをかけることができた。そこは特筆すべき点。つねに真摯に向き合ってくれる指揮官の要求をしっかりと受け止めて、取り組んだからこそ、今の彼があるのだ。

 そういう曺監督の対話重視のアプローチに感謝する1人が宮本。流通経済大学時代に1年間、指揮官から指導を受け、複数ポジションにトライすることの大切さを学んだ彼は、浦和での不遇時代を乗り越えて、京都で才能を開花させつつある。

「浦和で出れなかった頃からつねにいろいろな声掛けをしてくれてたので、ものすごく助かりました。昨年京都に来てからもそうですね。僕が曺さんをリスペクトできているのは、ルヴァンカップとかで優勝経験もあるのに、決して物事を上から言わない。誰に対しても同じ目線で寄り添ってくれるので、『曺さんのために』と思いながらプレーできている選手は多いのかなと感じます。試合に出られない選手にもそういった向き合い方をする。そこが曺さんの魅力的なところかなと感じます」

 宮本が語るように、選手個々を伸ばし、チーム力を上げていく指揮官のアプローチが奏功しているからこそ、今の京都はリーグ3連勝・8戦無敗という快進撃を見せられているのだ。福岡も「曺さんになって5年目で、やっとこのスタイルが形になった。この順位にいるのは偶然じゃない」と語気を強めていたが、このまま行けば、本当に頂点に立つことも十分あり得るはずだ。

 今後、J1だけに専念できる日程的なアドバンテージも含めて、京都はかなり有利な立場にいる。千載一遇のこのチャンスを生かせるか否か……。今季終盤の曺監督のチームマネジメントから目が離せない。

(元川悦子 / Etsuko Motokawa)



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元川悦子

もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。

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