「完全に予想外だった」ドイツ代表分析官の告白 日本代表に「やられた」…W杯秘話

ドイツ代表で日本代表チームの分析を担ったアナリストの平川聖剛氏
2022年カタール・ワールドカップ(W杯)のドイツ戦、世界を驚かせた日本代表の歴史的勝利。強豪相手に堂安律と浅野拓磨のゴールで逆転勝利を収めた一戦には、知られざる戦術の攻防があった。ドイツ代表で日本代表チームの分析を担っていた日本人アナリスト・平川聖剛氏(現1.FCケルンU17アシスタントコーチ)が明かす、相手陣営の視点で見た“想定外の展開”とは――。(取材・文=中野吉之伴/全4回の2回目)
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カタールW杯でドイツ代表が日本と同組になった際、ハンジ・フリック監督は日本を警戒する姿勢を見せていた。しかし、ドイツ国内には「本気を出せば勝ち点は落とさないだろう」という楽観的な空気が少なからずあったのも事実だ。2018年ロシアW杯ではチーム作りに失敗してグループリーグ敗退となったドイツだったが、それでも「日本に苦戦することはあっても、負けることはない」というのが大方の見方だった。
結果はご存知のとおり。前半はドイツが主導権を握って先制点を奪い、いくつものビッグチャンスを創出。しかし後半は日本が反撃に打って出ると、堂安、そして浅野が連続ゴールを奪い、ドイツは1-2でまさかの逆転負けを喫した。
ドイツは日本に対してどのような準備を行い、どんなゲームプランを立てていたのか。当時、ドイツサッカー協会の分析グループ「チーム・ケルン」の一員として日本代表の分析を担当していた平川聖剛が明かす。
「直近7試合を見て、ドイツサッカー協会から提示された試合の段階や状況に合わせて分析していました。一番重要なのは、基本となるポジショニングと、試合段階ごとのポジショニング。例えば、ゴールを奪うにはどんなパターンがあるか、ボール保持のためにどんな構造があるか。あるいはボールを失ったあとにどういう狙いがあり、すぐにボールを奪いにいくのか、まずは下がるのか。そういう大きなところから分析を始めました」
分析の結果として明らかになったのは、「4-4-2が基本システム」「中盤でのプレッシング」「相手GKからの最初のパスに対して激しく襲いかかるようなプレッシングはほぼ見られない」といった傾向。そして、日本代表の守備バランスの崩れにつながるパターンも見えてきたという。
「親善試合のアメリカ戦だったと思いますが、相手が3-4-3で来た際、日本の4-4-2の中盤がかなり対応に苦しんでいました。例えば、サイドハーフが3バックのサイドの選手にアタックするシーンでは、相手ウイングバックの位置が大きく空いてしまう場面が頻発していた。他にも、日本代表はスタートポジションから、シチュエーションごとに次の動きが決められている傾向が分かってきたので、『ドイツがこのポジションを取れば、こういう問題が起きそうだ』というのが見えてきました」

ドイツ分析班があぶり出した“日本の弱点”…後半に入ると状況が一変
実際、W杯ドイツ戦の前半、日本はその構造的なズレに苦しんだ。4バックのドイツはビルドアップ時に3バックを形成し、左にサイドバックのダビド・ラウム、右に中盤のセルジュ・ニャブリをワイドに配置。日本の選手を外側に引き出し、中盤の空いたスペースに下りてきたトーマス・ミュラーを日本は捕まえきれず、何度も起点を作られた。
「そうなんです。あのズレを突く場面が非常に多くありました。日本のサイドハーフとサイドバックの間のスペースに誰かがポジションを取ったり、サイドの選手が高い位置を取って、ミュラーが3バックからパスを引き出せるところに落ちてきたりして、日本はかなり困っているように見えました。僕らの分析が実際にどの程度反映されていたのかは分かりませんが、僕らと似たような見方がされているなとは感じていました」
当時、ドイツ代表で分析責任者を務めていたシュテファン・ノップに取材した際、彼は「相手チームがどうこうというのを調べて相手の良さを抑えるというよりも、自分たちのプレーを引き出すための分析が大事だ」と強調していたのが印象に残っている。
「“チーム・ケルン”(ドイツサッカー協会の分析グループ)でも役割分担があり、個人分析を担当する人とチーム全体を担当する人がいました。チーム分析ではドイツ協会からフォーマットが送られてきて、例えば『相手は何枚で追ってくる傾向があるのか』『自分たちのサッカーを実現するためにどのような準備をするべきか』など、逆算された項目で作られていたなと思います」
試合は当初、ドイツのプランどおりに進んでいた。しかし、後半に日本がシステム、戦術、選手を大胆に変更すると、ドイツは完全に意表を突かれてしまう。相手の戦術変更により劣勢に立たされることは珍しくない。通常は時間の経過とともに適応し、試合は安定していく。しかし今回、日本の攻勢は衰えるどころか激しさを増していった。この現象をドイツの視点から分析すると、一体何が起きていたのだろうか。
「日本が3バックを試した試合はあるにはあったんです。確かエクアドル戦とガーナ戦で、最後の10分ですが3バックをテストしていました。ただ、この3バックは自分たちが先制し、スコアで上回っている状態で終盤を迎えた時に、試合を上手くクローズするための守備的3バックだと思っていました。プレッシングでボールを奪うためにやるわけではなく、ゴール前を固めてゴールを守るためにやるという感覚。そのとおりにレポートにも書きました。ところがあのドイツ戦では、後半に3バックにして、前線から猛烈なプレッシングを仕掛けてきた。完全に予想外で、『やられたな』と思いましたね」
世界を驚かせた森保監督の名采配と勇敢な決断、選手の集中力と実行力
不意を突かれたとはいえ、ドイツが試合の流れを落ち着かせられなかったのは、「いずれ押し切れる」という油断があった可能性も否定できない。しかし同時に、日本が従来見せたことのないレベルでダイナミックかつ組織的なオフェンシブプレスを途切れることなく展開し続けたことも大きな要因だった。
ドイツも“試合を締める術”を準備していれば、流れは違っていたかもしれない。では、平川たちは分析のなかで「日本代表がこう戦えばドイツに勝てるチャンスはある」と考えていたのだろうか。
「日本人選手は、プレッシングに対して本当に勤勉ですよね。誰もサボらない。どれだけ疲れていても、しっかり戻ってくる。日本代表にも様々な才能を持った選手がいますが、ドイツを相手にするなら、守備でコントロールしてカウンターを狙うスタイルのほうが噛み合いそうという印象は、初期段階からありました。後半のような“オフェンシブなプレッシング”は、もしかわされたら広大なスペースを突かれるリスク覚悟で、無理にでもボールを奪わなきゃいけない状況でのプランになりますからね」
日本が挙げた歴史的勝利。時間を置いて振り返ると、そこには興味深い発見があるものだ。森保一監督の名采配と勇敢な決断、そして相手を圧倒するほどの気迫でピッチを支配した選手たちの集中力と実行力がすべて噛み合ったからこそ、世界を驚かせる勝利が生まれた――。その舞台裏を、改めて実感させられるエピソードである。(文中敬称略)

中野吉之伴
なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)取得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなクラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国で精力的に取材。著書に『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。




















