「韓国に関心ありますか」日本人コーチが寮生活 酒井宏樹ら育てた指導者…異国で築くパイオニアとしての道

大田ハナシチズンで戦術コーチを務める吉田達磨氏【写真:元川悦子】
大田ハナシチズンで戦術コーチを務める吉田達磨氏【写真:元川悦子】

吉田達磨氏はKリーグクラブのコーチを務めている

 タイ代表の石井正忠監督を筆頭に、日本人指導者のアジア進出が加速している。ただ、隣国・韓国に関しては、両国の国際関係や歴史的背景などもあって、フィジカルコーチなどスペシャルな領域の指導者だけが仕事をするにとどまっていた。

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 そこに風穴を開けたのが、Kリーグ1部・大田ハナシチズンで戦術コーチを務める吉田達磨氏だ。ご存じの通り、彼は柏レイソルで長くアカデミーに携わり、酒井宏樹(オークランドFC)、工藤壮人ら日本代表経験者を育成。その後、柏、アルビレックス新潟、ヴァンフォーレ甲府、徳島ヴォルティスのJリーグ4クラブを指揮。シンガポール代表監督も務めている。

 20年以上の指導者経験を持つ吉田氏が2024年7月、Kリーグクラブのコーチに就任するという一報が流れた際には、多くの人々が驚きを覚えたことだろう。なぜ彼は韓国に赴いたのか。7月に現地で単独インタビューを実施した。(取材・文=元川悦子/全6回の1回目)

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「2024年4月に徳島の監督を解任された後、『この1年は何をしようか』と身の振り方を考えていました。そんな6月、旧知の代理人から『韓国に関心ありますか。大田のファン・ソンホン監督がJリーグで監督の経験があり、戦術と育成に長けている日本人指導者を欲しがっていてるんですが、どうでしょう』という話が舞い込みました。

 自分はもともと韓国に興味があったし、いつか行ってみたかったけど、いろんな事情で難しいだろうなと考えていました。でもファンさんであれば、直接重なってはいなかったけど、柏の先輩でもあるし、共通の知り合いも多いので、ぜひ話をしたいと感じました。そこでオンラインミーティングで意見交換をして、『少しだけ考えさせてください』とお返事しました。

 そういうなかで、自分を必要としてくれる場所があるならやりたいなと素直に思いました。直前に指揮を執った徳島では過去にない傷を負ったのも確かですけど、前を向かないといけない。そう自分を奮い立たせて、韓国に行くことに決めましたね」と吉田氏は1年前の偽らざる本音を吐露した。

 韓国サッカー界では、前にも触れたように、日本人フィジカルコーチが高評価を受けていた。先鞭をつけたのは、現在の韓国代表指揮官であるホン・ミョンボ監督に請われて韓国に赴いた池田誠剛氏(浦和ハイパフォーマンスコーディネーター)。2012年ロンドン五輪・2014年ブラジルワールドカップ(W杯)で韓国代表フィジカルコーチを務め、選手や関係者から絶大な信頼を得たことで、日本人スタッフの有能さが認められたのだ。

 その後、菅野淳氏(現日本サッカー協会・フィジカルフィットネスプロジェクトリーダー)がFCソウル、津越智雄氏(長崎フィジカルアドバイザー)が蔚山現代で活躍。同国での地位を確立させていった。

10代の時以来の寮生活「昔の日立台と一緒ですよ(笑)」

 けれども、トップチームの戦術面を担う指導者というのは前例がない。吉田氏にとっても新たなチャレンジに他ならなかった。

「単身で大田に行って、寮生活を始めました。寮生活はレイソルの若手だった18~19歳の2年間以来ですね。当時はチョウ・キジェさん(京都サンガ監督)の隣に住んでいました。つい最近、チョウさんから電話をもらって、『お前、どこに住んでいるんだ』と聞かれて、『グランドの目の前で、昔の日立台と一緒ですよ』と答えましたけど、かなり新鮮ですよね(笑)。

 スタッフと若手選手が寮に住んでいて、ファンさんもかなりの時間、そこで過ごしていますけど、食堂や筋トレルーム、サウナと全てが揃っているので快適です。監督は食事のバリエーションがすごいし、おいしいので、本当に助かっています。

 韓国人選手たちは日本の選手をリスペクトしていて、『日本に行きたい』と言っています。近年の欧州組の成功、森保ジャパンの強さを見て、素直に敬意を払ってくれているんでしょう。僕自身も仕事をしやすい環境で本当に助かっています」

 昨今のKリーグは戦術志向が強まり、多彩なフォーメーションを駆使して戦うのがトレンドになっている。吉田氏のような戦術コーチが抜擢される流れになったのも、その傾向が強いからだろう。

「今の韓国は、複数システムを用いながらの可変スタイルに多くのチームがチャレンジしていると感じます。攻撃の時は後ろが3枚から入って、守備になると4枚に戻すとか、そういう形が非常に多いので、僕自身は正直、意外に感じました。

 韓国サッカーというのは、もっとアグレッシブに約束事を徹底するような印象を持っていた。けれども、今はどの監督も躊躇せずにさまざまなトライをしていこうという意識が強いと思います。

 日本の方がむしろ自分たちにフォーカスしながらやっているところはありますね。もちろんスカウティングは重視していますが。今季Jリーグは3バックが多いというのも理解していますけど、それは動きを出しやすいからではないかと。守備で言うと、プレスをマンツーマンでハメやすいですし、3枚から誰かが上がったり、スライドしたりもやりやすい。韓国の方がもう少しシステム重視でやっていると僕は見ています」

 こうした環境で新たな一歩を踏み出した吉田氏。1年が経過して日韓サッカーの違い、それぞれのストロングをより深く認識し、その中で自身の力を全力で発揮しようと努力を続けているという。(第2回へ続く)

(元川悦子 / Etsuko Motokawa)



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元川悦子

もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。

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