特急無料、ファンウォーク…アイデアが生み出した“熱狂” 女子の欧州選手権が示した「新しい指針」

7月に女子の欧州選手権がスイスで行われた
スイスは、サッカーの熱狂に包まれていた。1か月前になるが、7月に行われた女子欧州選手権の話だ。開催国のスイスがグループリーグを見事に突破したことで、国内のムードは一気に盛り上がっていた。しかも最終節のフィンランド戦でアディショナルタイムに同点ゴールを決めて準々決勝進出を決めるという展開はスリリングそのものだった。
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迎えた準々決勝、優勝候補のスペインとの対戦ではその力量差を埋めることはできず、最後には力尽きることになった。スイスファンからはその奮闘に盛大な拍手が送られ、勝ったスペイン選手はグラウンドに最後まで残り、彼女らに花道を作って、健闘をたたえたというストーリーはとても美しかった。
フランス相手に前半の早い段階で退場者を出しながら、延長、PK戦まで戦い抜き、GKアン=カトリン・ベルガーの劇的なセーブの連続で勝利したドイツもすごかったし、そんなドイツを圧倒して決勝に進出したスペインは、間違いなく優勝するに足る実力を持ったチームだった。
それでも決勝では総合力が高く、勝負所をかぎ分けるイングランドのしたたかさの前に、延長戦でも試合を決めることができず、PK戦で屈することになる。涙をのみながらも、エステラ・ロイスは「スペイン人として自分達をとても誇りに思う。全てを出し切りました」と大会をポジティブに振り返り、ブランカ・フェルナデスは「女子も男子のように素晴らしいサッカーをすることができるんだというのを、子どもたちにもたらすことができました」と女子サッカーの発展を喜んでいたのが、とても印象的だった。
さて、今大会では環境政策も大きな話題に上がっていたので、そこも併せてぜひ紹介しておきたい。
大会前にUEFAは「SDGsに関して新しい指針をもたらすことができる」と、声高にアピールしていたが、大会を終えた今、全体的にその取り組みは高評価を得ている。
最も大事なテーマは二酸化炭素排出量を最小限に抑えること。UEFA、そして開催国のスイスはスイス鉄道の全面的な協力を得て、チケットホルダーは開催都市までの往復電車移動と開催都市での公共交通機関の使用を無料にする、という画期的な取り組みを行った。
これはすごい。ブンデスリーガでもチケットホルダーが試合当日に近郊都市から公共交通機関を利用して無料移動できるというサービスは昔からあるが、これはいわゆる特急電車は利用できない。それが今大会では基本的に都市間移動であれば、どの電車を利用することもできたのだ。
例えば、バーゼル在住者がジュネーブでの試合チケットを持っていたら、バーゼル-ジュネーブ間約25キロの電車移動+ジュネーブ市内のバスやトラム移動が全て無料となるわけだ。試合チケットは安い指定席で25スイスフラン(約4600円)から。
通常バーゼル-ジュネーブは片道正規料金で80スイスフラン(約1万4600円)なので、いかに破格のサービスかがよくわかる。開催都市はホテルの値段が上がるのはどの大会でも起こること。少し離れた町から交通費かからずに往復で移動できたら、ベース地を起点にフレキシブルに動くことができる。僕ら大会に申請したジャーナリストも同様のサービスを享受することができた。

「ファンウォーク」には最多2万5000人が集結した
スタジアムへ盛り上がりながら向かいたいファン心理をうまく利用したのが、ファンウォーク。開催都市の所定の場所に集合し、互いに声を掛け合い、応援しながら、歩いてスタジアムに向かうというもの。男子の大会でもよく見られるファンウォークは、それぞれのファンが自分達で呼びかけて行われることが多いが、今回はUEFAサイドからオフィシャルなイベントとして呼びかけが行われた。
最多記録は2万5000人以上が集った前述のスペイン戦前のスイスファン。老若男女問わず、数多くのファンが集まり、楽しそうに参加していた。地元紙が称賛していたのは、その平和さ。ものが壊れたり、道中でもめごとを起こすファンが皆無。スタジアム周辺でそれこそ警官隊がファンと一緒に笑顔で記念写真を撮るシーンがとても微笑ましい。今大会合計で9万1000人がファンウォークに参加したと大会後に報じられていた。
開催都市からスイス主要都市への臨時便が試合後に準備されていたのも、ファンにとっては大きな助けとなった。固定時間ではなく、試合終了時間に合わせて、発車時間を柔軟に対応。特に決勝トーナメントになると延長戦、さらにはPK戦までもつれ込む可能性がある。午後9時開始の試合が終わるのは午前0時近く。試合終了時から50-60分後に発車なので、しばらく待たなければならない点は改善の余地があるかもしれないが、居住地まで戻りたい人へのサポートを考慮してくれるというのは、これまでのUEFAの大会ではあまりなかったことなので、これは素敵なアイディアではないかと思われる。
ファンやメディア関係者だけではなく、参加国の選手らの移動にもいろいろ配慮がされていた。スイスというそもそもコンパクトで各都市間の距離がそこまで遠くはないという立地条件も味方してのことではあるが、グループリーグでは合宿地から開催都市までの距離を最小限にするように調整がされ、バスや電車でスムーズに移動することができるように配慮されていた。
またUEFAは試合会場でのリサイクル対策に力を入れ、スタジアム内や周辺でのごみの量を削減するためのパイロットプロジェクトとして、今大会では缶ビールの上部を切り抜いた形での販売が許可された点が議論の的となっていた。普段から大きなイベントがある時にスイスの各都市はリサイクル容器を使用しての販売が規約化されている中、なぜ缶ビールを用いた販売を許したのかという点で、各行政から不満の声も少なからずあったという。UEFAによると、今後主要大会開催時に向けての新しい環境対策のトライとして導入されたものだという説明がされている。
女子サッカーのレベル、大会のオーガナイズや盛り上がり、そして環境対策へのアプローチまで、いろんな発見とチャレンジがあった今大会。今後に向けて、多くの収穫があったに違いない。これからの国際大会が、どのように運営・準備されるのかを楽しみに見守りたい。
(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)

中野吉之伴
なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)取得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなクラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国で精力的に取材。著書に『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。













