0-3…沈黙のロッカールームに「魔法が訪れた瞬間」 リバプール元主将が明かす”奇跡の舞台裏”

ヒーピア氏が振り返った“イスタンブールの奇跡”のハーフタイム
”イスタンブールの奇跡”をご存じだろうか?サッカーファンであれば、一度は聞いたことがあるだろう。2005年のUEFAチャンピオンズリーグ決勝で、リバプールがACミランを0-3のビハインドから3-3に追いつき、PK戦の末に優勝を掴み取った一戦だ。この歴史的な大逆転劇で、リバプールファンになった方々も多いのではないだろうか。当時の決勝戦にCBとして出場し、20年ぶりに来日したリバプール元主将DFサミ・ヒーピア氏が「FOOTBALL ZONE」の単独インタビューで、0-3でハーフタイムを迎えた失意のロッカールームに訪れた”魔法が訪れた瞬間”を明かしている。(取材・文=城福達也)
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2005年にイスタンブールで開催されたCL決勝戦、リバプールは前半で立て続けに失点し、前半終了時点でミランに0-3と大差をつけられた。後半の逆転劇を、戦術の観点で簡潔に振り返ると、後半開始から元ドイツ代表MFディートマー・ハマンを投入し、公式戦で一度も取り入れたことのなかった3バックシステムへの変更に踏み切ったのが功を奏した。守備的タスクをハマンが請け負い、元イングランド代表MFスティーブン・ジェラードを攻撃に専念させたことで、ミラン側が対応で後手に回っているうちに、後半9分、11分、16分の“7分間”で同点に追いついてみせた。
しかし、当時名だたるワールドクラスの顔ぶれが揃った優勝候補筆頭のミランを相手に、3点のビハインドから試合をひっくり返した説明としては、明らかに物足りない。絶望に沈んでいたはずのチームに、一体何が起こったのか?ヒーピア氏に尋ねると、「0-3で前半を折り返した時点で、よくテレビを切って寝なかったね!」と冗談を交えつつ、重い足取りで戻ったロッカールームの出来事について、口を開いた。
「ハーフタイムに戻ったロッカールームは、ただただ静かだった。怒りに叫ぶことも、仲間同士で声を荒げることもなかった。全員が俯いて沈黙していた。当時の堅守イタリアのクラブに対し、0-1でもビハインドを背負えば、逆転する勝ち目がないことは、みんなが薄々悟っていた。それが0-3だ。誰もが諦めていたよ。ハーフタイムの時点で負けることがわかれば、怒りも苛立ちも湧いてこない。ただ落胆していた。誰も話し出すことはなかった」
世界最高のタレント陣、そして世界”最硬”のカテナチオを築くミランを相手に、1点どころか3点のビハインド。誰の目から見ても、勝敗は決していた。リバプールの選手たちも、この試合の結末を、すでに受け入れていた。議論の余地もないロッカールームには、静寂だけが流れていた。しかし、その静けさによって、リバプールの運命が変わる。
「無音のロッカールームで、何が聞こえてきたかわかるかい?イスタンブールまで駆けつけてきてくれたリバプールのサポーターが歌う『You’ll Never Walk Alone』だよ」

サポーターの歌声が呼び込んだ”奇跡の産声”
サポーターの大合唱に、戸惑いを隠し切れなかった。「なぜまだ応援してくれるんだ?もう勝てるわけがないだろう?と、正直思ったよ」。大敗に心を痛めるチームへの労いと励まし?いや、そうではない。「彼らの熱量は明らかに、諦めていないぞと伝える鼓舞だった」。ヒーピア氏は、そう強く感じていた。
「今思えば、静かなロッカールームに届いた『You’ll Never Walk Alone』こそが、僕たちのもとに魔法が訪れた瞬間だった。そこからベニテス監督がゆっくりと話し始めた。具体的な戦術の話はしていない。『まだ我々を信じてくれている彼らに、応えよう。彼らがここまで来てよかった、声援を送り続けてよかった、と。そう思ってくれるように、彼らの記憶に残るプレーを示そう』と、そう語りかけたんだ」
ヒーピア氏からキャプテンマークを継いで日も浅かった若き主将ジェラードの目の色が変わった。ジェラードは不意に立ち上がると、力強く言葉を投げかけた。「僕にとってはリバプールが全てだ。そんなクラブを歴史的な笑いものになんかさせたくない。もしも、みんなが僕をキャプテンとして愛してくれているなら、ここから一緒に這い上がってほしい」。もう俯く選手は誰一人としていなかった。奇跡が産声をあげた。
「あのようなCL決勝は、今後二度と起きないドラマだと思っているが、あの夜に学んだことがあった。何かを成し遂げる時、『信じ続けることが大事』と、よく聞く。だが、正直に言えば、我々は諦めていた。逆転勝利を信じていなかった。でも、誰かのためにやれるだけやろうと、全員が心から思えば、何か特別な出来事が起こることもあるということだ」
この”イスタンブールの奇跡”は、サッカー界やファンの間でもいまだに語り継がれる、伝説的な試合となった。「実は数年前に当時のミランの選手と食事をする機会があって、あの日の思い出話をしようとしても、皆嫌がって話したがらなかったよ。まぁ…気持ちはわかるけどね(笑)」と近況も明かしてインタビューは終わりを迎えたが、帰り際に、ヒーピア氏に笑顔で一言かけられた。
「君も、イスタンブールの奇跡でリバプールファンになったんじゃないかい?話を聞いている時の目の輝きでわかるさ!」
(城福達也 / Tatsuya Jofuku)




















