日本→欧州移籍「行けばなんとかなる」の落とし穴 夢抱く若手への警鐘「そもそもの話」

日欧サッカーを熟知するモラス雅輝氏が語る欧州ステップアップ移籍
「日本サッカーの未来を考える」を新たなコンセプトに据える「FOOTBALL ZONE」では、現場の声も重視しながら日本サッカー界のあるべき姿を模索していく。現在オーストリア2部ザンクト・ペルテンでテクニカルディレクター、育成ディレクター、U-18監督を兼務し、Jリーグでコーチも務めた経験を持つモラス雅輝氏に、欧州ステップアップ移籍について聞いた。(取材・文=中野吉之伴)
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日本人選手が海外移籍を決意する前、「いきなりトップリーグのトップチームでは出場争いが激しいし、まずは現地の環境に慣れないといけない。まずは出場機会を掴んで、自分の市場価値を上げていこう。そして良いタイミングで、より良いリーグやクラブへ移籍し、そこでまたチャレンジしていこう」と自分の将来像を思い描く選手も多いだろう。
最近の移籍動向を見ても欧州5大リーグ(イングランド、スペイン、ドイツ、フランス、イタリア)に直接移籍ではなく、オランダやベルギー、デンマーク、ポーランド、スイスなど周辺国のリーグを最初の足掛かりにする選手が増えてきた。好例の1つはベルギー1部のシント=トロイデン。日本代表の冨安健洋(アーセナル)、遠藤航(リバプール)、鎌田大地(クリスタル・パレス)といった選手が着実にステップアップを遂げたのは有名な話だ。
一方、ファーストステップから抜け出せないまま停滞したり、日本へ帰国するケースも少なくはない。欧州リーグ全般に言える話であり、「まさしくそこが1つのポイントになると思うんですね」とモラス氏は深く頷きながら、その背景について鋭く切り込む。
「移籍のタイミングや、移籍先のスタイルや哲学を考えての移籍だったのか。そもそもの話ですが、移籍先がステップアップしやすいリーグ、クラブなのかというのも大きく関わってきます。ベルギーリーグでプレーする日本人選手はかなり多いですが、所属先クラブごとに、選手に何を求めているかは違う。
僕もベルギーリーグと関わりあるスカウトやスポーツダイレクターと話をする機会がありますが、『ベルギー1部リーグで残留を果たすために/優勝するために/EL(UEFAヨーロッパリーグ)・CL(UEFAチャンピオンズリーグ)の出場権を獲得するために即戦力を探している』というクラブも少なくない。だから、J1で主力として活躍している選手の獲得を狙うクラブもある。そういうクラブでは、選手のステップアップまであまり考えていない。それよりは自チームが結果を残せるように、なんとかしてくれという考えが強いわけです」

近年のステップアップ好例は中村敬斗…「すごく理想的な流れだった」
選手側は経験を積み、ポテンシャルを引き出す機会を掴んでステップアップという道を目指す。しかし、クラブ側が『とにかくまずは結果』を重要視していれば、そこで両者の間に認識のずれが生じる。選手側は『どのリーグ、どのクラブが、何を求めているのか』をしっかりと探る必要があるのだ。
「日本人選手が求める環境とクラブが求めるパフォーマンスが噛み合わないと、議論が起こる。例えばベルギーリーグのクラブが日本人選手を多く獲得していますが、思っていたほど活躍できていない場合、『ここまでたくさんの日本人選手を獲るのは正しいのか』という議論になる。選手にとっては自分のプレースタイルに合うかどうかも大事ですよね。
例えばオーストリアはステップアップリーグとして、ここで活躍して次のステージへ移籍することをリーグ全体で推奨している場所です。だから有望な若手が集まるし、日本人選手だと南野拓実(ASモナコ)、中村敬斗(スタッド・ランス)、奥川雅也(京都サンガF.C.)のような成功例が生まれる好循環がある。特に中村のように、ヨーロッパでの再スタートとしてオーストリア2部でプレーし、そこからオーストリア1部に上がってECL(UEFAカンファレンスリーグ)でも活躍し、フランス1部リーグへの移籍はすごく理想的な流れだったと思います」
冨安、遠藤、鎌田の例もあるように、ベルギーから素晴らしいステップアップを果たした選手も多い。オランダ1部のフェイエノールトで活躍する上田綺世はサークル・ブルッヘから移籍し、フランス1部スタッド・ランスで長年結果を残す伊東純也もKRCヘンク時代にCL出場を果たした。
ただ、相応のパフォーマンスを見せなければリストアップされないのが現状だ。優勝争いを演じるクラブで不動のレギュラーとしてポジションを獲得し、良いプレーを見せるだけではなく、チームを勝利に導く違いを生み出す存在になることが求められる。さらに国内リーグだけでなく、ヨーロッパカップ戦でも結果につながるプレーを見せ続けることができなければならない。
18~20歳の若手へ「欧州に行く時のアドバイスとしては…」
モラス氏も同意する。
「だからこそ18~20歳と若い選手が欧州に行く時のアドバイスとしては、『移籍先のクラブでどれほど出場機会が与えられるかを見極めなければならない』という点。クラブ政策として若手をどこまで積極的に起用しているのかはある程度調べれば出てくるはず。最初のステップとして、コンスタントにプレーして国内で注目を集めることができなければ、ステップアップの可能性も生まれない。
行けばなんとかなると行ったはいいが、試合にほとんど出られないまま日本に帰ってくるケースは、やはりもったいない。それからトップチームに上がれるチャンスがあるからといって、セカンドチームへ行くのが必ずしも次につながるわけではない。ここもトップチームへ上がった選手の比率、どんな選手が昇格を果たしたのかは調べたほうがいいと思います」
適切なレベルで十分に出場できるルートを作り出し、確保していくこと。日本サッカー界の発展に間違いなく必要なテーマだろう。
(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)

中野吉之伴
なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)取得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなクラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国で精力的に取材。著書に『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。