日本代表初選出の裏側「毎試合後、熱心に聞いてきた」 欧州での活躍を支えた“個人分析”

ニュルンベルク在籍時の奥抜侃志【写真:Getty Images】
ニュルンベルク在籍時の奥抜侃志【写真:Getty Images】

ニュルンベルク時代に奥抜侃志をサポートした桝谷至良氏「すごい向上心」

 日本人がプロサッカー選手として欧州トップリーグで活躍するには、技術や戦術理解に加え、現地やチームへの適応が重要になる。現在ドイツ2部マクデブルクでアナリストを務める桝谷至良氏は、日本人選手のプレーを細かく分析して個別のアドバイスを送り、代表に初選出された若手の好パフォーマンスを支えた。日本人選手とのエピソードを振り返りながら、個人分析や順応の重要性について語った。(取材・文=中野吉之伴/全4回の3回目)

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 欧州移籍を夢見る選手は数多くいるが、現地でパフォーマンスを最大限に発揮するためには、ただサッカーをやっているだけでは不十分な点も多い。アピールしようにも、ピッチ上でどんなプレーが求められ、どんなプレーが有効なのか。そして、そのためにどのような取り組みをすべきかが分からないと堂々巡りになってしまう。

 現在ブンデスリーガ2部のマクデブルクでアナリストを務める桝谷至良は、ニュルンベルク時代に奥抜侃志をサポートし、好パフォーマンスを引き出していた。元日本代表キャプテン・吉田麻也の個人分析の経験に自信を持ったことで本格的にドイツで就活を始め、ニュルンベルクで通訳兼アナリストとしてキャリアをスタートさせた。

「麻也さんの個人分析をやっていた経験から、ドイツサッカーのレベルがどの程度かある程度は分かっていました。『たぶん即戦力として働けるぞ』という自信はありました」

 ポーランドのグールニク・ザブジェからドイツへ来た奥抜は、サッカーの違いに戸惑うことも少なくなかった。持ち味を出そうにも、どうにもかみ合わない。感覚を合わせるために、奥抜は桝谷のもとに足しげく通っていたという。

「『毎試合後に映像でオフ・ザ・ボールの動きやファイナルサードでの仕掛けのシーンについてフィードバックしてほしい』とお願いされましたし、ハーフタイムでも毎回自分のところに来て、『プレスをどうすればいいか』『どこに抜け出したらいいか』など熱心に聞いてきました。すごい向上心を持ちながらやっていて、試合にも出ていました。結果も良く、前半戦だけでカップ戦含めて4得点2アシストをマークしていました」

 この2023-24シーズンの10月には森保一監督から初めて日本代表にも招集された。ニュルンベルクのオラフ・レッベSD(スポーツ・ディレクター)も「彼にとって、そしてクラブにとっても素晴らしい証明になったと思います。(奥抜)侃志がこのクラブで自分の道を見つけ、加入からすぐに貴重な戦力となってくれたことの表れです」と喜びのコメントを残していた。

ドイツ2部のマクデブルクでアナリストとして活躍する桝谷至良氏【写真:本人提供】
ドイツ2部のマクデブルクでアナリストとして活躍する桝谷至良氏【写真:本人提供】

奥抜侃志のプレーも改善、個人分析で整理した「いつ、どこで、どのように勝負すべきか」

 リーグ後半戦、さらに活躍するかと期待された奥抜だったが、徐々に出場機会は減少。この背景には何があったのか。17節終了時で勝ち点24の10位と中位で折り返したニュルンベルクは、年明け初戦を勝利後、5試合連続未勝利。一度は2連勝するが、その後7試合連続勝ちなしと低迷を続けた。

「チームの成績が良くないなか、徹底して守備的なサッカーをするために守備的な選手ばかりを置くようになりました。次第に『もう分析しなくていいよ』という感じになってしまったんです。ハーフタイムもいいし、ミーティング用の映像も別にいいよという具合。侃志君もスタメンが減り、出場しても10~15分程度。僕もU23に行ってくれと言われたので、クラブを去る決意をしました」(桝谷)

 この時の経験は非常に苦いものだった一方、新しいアプローチのヒントにもなった。「日本と欧州のサッカーは違う」と言われるが、具体的にどこがどう違うのかをイメージできずに欧州に来る選手もおり、雰囲気だけで合わせていけるほど簡単ではない。チーム状態が安定して好調だったり、戦術の落とし込みが巧みな監督の下であれば上手くいくこともあるが、どのクラブも高い水準を備えているわけではない。

「例えばヨーロッパだったら、攻撃的な選手が縦に仕掛けられる場面でバックパスを選択するとものすごい叩かれる。いつ、どこで、どのように勝負すべきかが整理できると、どんどん良くなる。侃志君もそうでした。最初は叩かれていたけど、やらなきゃいけないことの基準を毎週振り返ってやっていたら、頭の中がクリアになってきて、どんどん良くなり点も取れるようになった。個人フォーカスのこういうアプローチはアナリストとして大事だなと思います。

 侃志君から言ってもらえて嬉しかったのは、『いろいろフィードバックしてもらったり、マッチアップする選手の特徴を丁寧に教えてもらえていたから、(桝谷)至良がリーグ後期もいてくれたら、もっとプレーしやすいシーンがあった』と。これからは選手の個人分析をもっとやっていきたいと思っています。実際にJ1選手の個人分析も始めさせてもらっています。個人のポテンシャルをもっと引き出して、パフォーマンスを高めていくサポートをしたい。それを日本の年代別代表に入る若い選手、将来的にヨーロッパに来そうな選手などに広げていけたらいいなと思っています。ヨーロッパの現場を知らない選手と早い段階から連携を取って、ヨーロッパに来た時にスムーズに順応できるようなサポートをやっていきたい。将来的に選手からどんどん声がかかるようになったら理想的です」

 行ってみなければ分からないことも多く、実際に現地で積む経験ほどかけがえのないものはない。だが日本でも準備できることは少なくない。「現地のサッカーを知る」というのはとても重要な一歩なのは間違いない。

(文中敬称略)

(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)



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中野吉之伴

なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)取得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなクラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国で精力的に取材。著書に『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。

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