「ここから始まったなと」ギネス記録に認定された“29”…小林悠が説明できないゴール【コラム】

川崎の小林悠【写真:Noriko NAGANO】
川崎の小林悠【写真:Noriko NAGANO】

播戸竜二氏を抜いて、J1の途中出場選手の最多得点数を29に更新した

 4月13日、川崎フロンターレのクラブハウスで、あるギネス記録の認定授与式が行われた。

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 受賞者は小林悠。

 昨年に更新した「J1リーグにおける途中出場選手の最多得点数」が、ギネス記録として認定されたのである。

 駆けつけたテレビカメラと報道陣の数が想像以上だったのか、「正直、こんなに人がいるとは思ってなくて(笑)」と本人は照れ笑いを浮かべていた。そして「軽い気持ちで来ましたが、いざいただくと素晴らしいものをいただいたなと。これからもっと更新していければなと思います」と述べ、その決意を新たに口にしている。

 小林が現在までに記録したJ1リーグ途中出場での得点数は「29」だ。昨年10月18日のガンバ大阪戦に途中出場し、播戸竜二氏と並んでいた27得点を抜く28点目を記録。さらに11月22日浦和レッズ戦でもゴールを決め、最多得点を29点に伸ばした。

 J1通算得点では三浦知良を抜き、歴代7位となる143点を記録している。そのため、途中出場での得点数に関しては、何か特別な意識で目指したものではなかったというが、記録保持者である播戸さん本人から言われるようになって意識するようになったと笑う。

「播戸さんと試合会場で会うと、『そこだけは抜かんといてな』と言われていました(笑)。そこら辺からだんだん意識するようにはなりました。ただ試合に出た時は、途中出場得点記録は意識していなかったですけど、ゴールを決めたいと純粋に思っていました。実際に抜いた時は、Jリーグの中では自分が一番なんだなと思いました」

 途中出場でのゴールというのは、その多くが勝敗に直結する得点になることが多いものだ。実際、途中出場でのゴールは、記憶に刻まれているものも多い。忘れられないゴールの一つが、等々力陸上競技場で行われた2011年の5月3日のジュビロ磐田戦だろう。途中出場で決めた決勝弾でもあるが、これが記念すべきファーストゴールとなった。そう、小林のJ1初ゴールは途中出場だったのである。

 スコアレスで迎えた試合終盤、左サイドを突破した小宮山尊信からのクロスを中央にいたジュニーニョが合わせ、そのこぼれ球がファーサイドにいた自分の目の前に転がってきた。そして、それを右足で素早くニアサイドに流し込んだのだ。次の瞬間には、サポーターが陣取る応援エリアであるGゾーンに一直線に走って咆哮している。

 始まりとなった14年前の初ゴールは、日付けまで覚えているほどだと本人も胸を張る。「5月3日で、(当時はチームメートだった)吉田勇樹コーチの誕生日……それもしっかり覚えています(笑)。ここから始まったなと。自分の中で大事にしています」。

 プロ2年目のこの年、小林はリーグ12得点とブレイクするのだが、当時「あれは唯一“持っていたゴール”だった」と語っていたことを覚えている。というのも、当時の小林は「ゴールに偶然はない」というのが持論であり、自分が決めてきたゴールはポジショニングや意図など、なぜ決めたのかを説明できると話していた。ただし、この自身の初ゴールだけは説明できないものだったというのだ。

 なぜ、あそこにボールがこぼれてきたのか。そして、なぜ自分があの場所にいたのか。何度見返しても分からなかったので、「持っていたゴール」と結論づけたのだという。だが「ゴールに偶然はない」と話す小林のストライカー人生が、この「必然とは言えないゴール」で変わり始めたのだから、サッカーは面白いと言えるかもしれない。

ほかの選手には真似できないモチベーションの高め方

 あれから14年。認定授与式の場で、途中出場でゴールを奪う極意は準備だと本人が明かす。「準備が大事だと思ってます。対戦相手の特徴を試合を見ながら確認したり。あとは気持ちの持っていきかた。自分が出た時に、気持ちが一番マックスな状態になっているように。心と身体の準備がすべてだと思います」

 そこで尋ねてみた。途中交代での集中力の高め方や、感覚の研ぎ澄ませ方で人より優れていると誇れる部分はどこなのか。その自己分析を聞いてみたいと思ったのだ。
 
 彼は「悔しさ」をキーワードに挙げ、説明し始めてくれた。「自分は悔しさをパワーに変えられるタイプ。試合に出れていない自分に対して、プレッシャーをかけています」。途中出場である以上、事情はどうあれ、スタメンに選ばれなかったことを意味する。それを自らを焚き付けるガソリンにしながら、「自分がゴールを決める!」と言い聞かせながらアップで身体を追い込み、気持ちを奮い立たせる。そこでアドレナリンが噴き出し、自分を研ぎ澄まし、ピッチに解き放つのである。たとえわずかな時間でも、そのモチベーションの高め方は、他の選手とは絶対に違うと小林は自負する。

 そして現在は「悔しさ」だけではない、という。こんな風に付け加え始めた。「あとは……そうですね。今だったら、今は息子たちに対して、自分は格好良いパパでいられているのかなって思ったりすると力が湧いてきます。試合を見ながらでもそういうことを考えている時もあります。それが自分の力の源ですね」。

 内から湧いていくる悔しさと、愛する子どもたちのヒーローでありたい誇り。それが源になっている。特に後者は、30代になってきてからの変化だと言えるだろう。本人も表情をほころばせて語る。「子供もだんだん大きくなってサッカーを始めて、子供たちにとってパパが一番格好良い存在と言ってくれている。だんだん試合に出れなくなってきて、苦しい中でやっていますけど、子供たちにとっては一番かっこいい存在になりたいので、そこをパワーに変えています」

 昨年末の中村憲剛さんの引退試合で負傷した影響で、今季の小林は出遅れた。4月9日の横浜F・マリノス戦で先発復帰を果たし、その後は途中出場。まだゴールは生まれていないが、ようやく小林のシーズンが始まったと言えるだろう。

 ゴールへの思いは、今も変わっていない。自分は気持ちでゴールを引き寄せていると、語気を強める。「(ゴールとは)チームで自分が一番欲しているものだと思っています。そうやってプレーしてきましたし、それがこういうゴール数につながっている。技術も大事ですが、気持ちの部分がすごく強くて、そういう意味では気持ちがそうさせてくれているゴールはたくさんある。そこではみんなに負けないように、これからもしていきたい」。

 現在、クラブはアジア・チャンピオンズリーグ・エリート(ACLE)の準々決勝アル・サッド(カタール)戦に向けて、開催地のサウジアラビアに滞在している。現地は30度超えの暑さだ。しかし、暑い時ほどゴールを決めてきたのが小林である。悲願のアジア制覇に向けたゴールを決めるストライカーとなるか。注目したい。

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いしかわごう

いしかわ・ごう/北海道出身。大学卒業後、スカパー!の番組スタッフを経て、サッカー専門新聞『EL GOLAZO』の担当記者として活動。現在はフリーランスとして川崎フロンターレを取材し、専門誌を中心に寄稿。著書に『将棋でサッカーが面白くなる本』(朝日新聞出版)、『川崎フロンターレあるある』(TOブックス)など。将棋はアマ三段(日本将棋連盟三段免状所有)。

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