28歳日本人の「人生を変えた」180分 「夢のために移籍した」…欧州から追い続ける代表の舞台【現地発コラム】

アウェーのチェルシー戦に出場したレギア・ワルシャワの森下龍矢【写真:ロイター】
アウェーのチェルシー戦に出場したレギア・ワルシャワの森下龍矢【写真:ロイター】

チェルシーにアウェーで勝利も8強敗退が決まったカンファレンスリーグ

「この180分が僕の人生を変えてくれた」――そう語る森下龍矢の表情は眩しかった。

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 4月17日のUEFAカンファレンスリーグ準々決勝チェルシー戦第2レグ、昨年1月から所属するレギア・ワルシャワは、格上相手のアウェーゲームに勝利(2-1)はしたものの、敗退(合計2-4)を避けることはできなかった。しかし、両レグを先発フル出場で戦った28歳は、プレミアリーグのビッグクラブと“二戦を交えた”ピッチ上で「美学を感じた」のだと言う。

 言ってみれば、カンファレンスリーグという大会の美学でもあるだろう。この欧州第3の大会は、いわゆる「主要」には含まれないリーグの“非国際的ビッグクラブ”が、知名度、見識、経験値、成長度などを高める場となってこそ開催意義がある。レギアは、それを地で行っていた。西ロンドンでの欧州戦の一夜は、準決勝進出を果たしていながらファンのブーイングを聞いたチェルシーではなく、準々決勝には敗れても第2レグには勝ったレギアのものだった。

 今季エクストラクラサ(ポーランド1部)の5位チームは(本稿執筆時点)、敵にボールを支配されても、主導権は握らせずにいた。スタンドでは、圧倒的少数ではあっても、前半の大半はほぼ全員が上半身裸で歌っていたサポーターたちが、音量で相手陣営を上回っていた。5-4-1システムで警戒心を強めた初戦は、攻撃意欲を見せるのが遅すぎた感があったが、4-1-4-1で臨んだリターンマッチでは、チーム最初の攻撃らしい攻撃で得たPKで先制。追い付かれても怯まず、自軍1本目のコーナーキックから勝ち越してみせた。

 森下は言う。

「1試合目、僕らが単純にプレミアのレベルを知らなかったというところで、だからこそリスペクトしちゃったと思うんですけど、セカンドレグは、それを知ったうえで、自分たちの攻撃的なサッカーができたなと思います」

 ポーランド開催となる決勝への進路は断たれたが、「(会場のある)ブロツワフのクリスマスマーケット、めっちゃいいっすよ(笑)」と、めげない当人にとっては、多大な影響を受けたベスト8進出だった。

「本当にそう思います。ステップアップという意味でもそうだし、自分の価値観っていう意味でも、凄くいろいろなもの変えてくれた大会だった」

 その過程では、スペインの中堅的なレアル・ベティスを下してもいるが、やはりチェルシー戦は得るものが大きかったようだ。

「彼らの立ち振る舞いとか、サッカーに対する自信、自分に対する自信みたいなものをひしひし感じるんですよね。画面とか、外から見るのではなく、やっぱり一緒にプレーすることで感じられる彼らの自信みたいなものが、僕には足りなかったと正直に思って。日本人らしい謙虚さとか、なんかそういうところのせいでと言うとあれですけど、何て言うか、美学を感じちゃった自分がいて。

 彼らも謙虚なんだろうけど、そういうものはピッチの上では出さないし、『俺が一番』だと、一人ひとりが思っている11人が出ていると思うんです。そういう意味で、僕は凄く成長できたなと思う」

ククレジャとのマッチアップからも手応えを得た【写真:ロイター】
ククレジャとのマッチアップからも手応えを得た【写真:ロイター】

ポーランドでのポジション変遷

 第2レグでのプレーを見れば、自信を持つ資格も十分だ。チーム2点目のアシストも記録したセンターハーフのクロード・ゴンサルベスとともに、両軍を通じて最高レベルの評価を与えても良い。右ウイングで先発し、後半22分以降は第1レグと同じ1トップに回った森下は、試合終了後のピッチ上で、「良くやった」と言わんばかりのチームスタッフから、背後から肩を揉まれたり、頭を撫でられたりしてもいた。

 レギアが勝ち越しに成功した後半8分のゴールは、チーム1本目のコーナーから生まれている。ボックス内に切り込むと、相手CBブノア・バディアシルのプレッシャーを受けながらもコーナーを奪ったのが森下だった。同25分には、右足ミドルを相手GKフィリップ・ヨルゲンセンがファンブル。2試合合計スコアで1点差に詰め寄るかに思われたチャンスにつながった。

 自らに決定機が訪れた、前半20分の決定機をものにできていれば、レギアは、よりチェルシーを慌てさせていただろう。スルーパスに反応した森下は、相手左SBマルク・ククレジャを置き去りにしてボックス内右に侵入したが、ヨルゲンセンとの1対1でファーサイド下隅を狙った右足シュートは、惜しくも枠外へと転がっていった。

「(決まっていれば相手も)焦ったし、僕の人生も、もっと変わりましたよね(苦笑)。もっとドリブルできたと言えばできたんですけど、あの距離からのシュートを結構練習していて、決めたいと思えるディスタンスだったので、トライできて良かった。後悔はないです」

 そう本人が振り返った、ゴール前15メートルほどからのシュートには、記者席で隣にいたオランダ人ライターが「あのタイミングで打たなくても」、背後のイングランド人レポーターは「蹴り損ね気味?」と反応してもいた。だが後半44分、巧妙なファーストタッチと瞬時のターンで、相手CBトシン・アダラビオヨのマークを剥がす頃には、両記者の意見も「良い選手だ」「今日のMVPは彼」へと変わっていた。

 日本ではDFとして知られていると告げると、彼らは「目が点」に。もっとも、森下本人に言わせれば、意外な転向も自然な流れとなる。

「チームがシーズン途中でシステムを変えて、それに伴って僕も場所が変わったっていうところが一番大きいと思います。ウィングバックとして獲られたんですけど、最初は。サイドバックとか、いろいろと経験しながら(今季)前半戦は8番で落ち着いたんですけど、後半戦になってからは結構ウイングでも。

で、今回はストライカーのやりくりがちょっと大変な時期でもあるので、(自分が)やっているという感じです。

 どこが一番いいかと言われても、僕は分からない。でも、右は良かったですよ、感覚的に。ククレジャ選手、ワールドカップに出るような素晴らしい選手ですけど、その選手に対してしっかり突破できたし、良いクロスも上げられたと思うので。攻撃は、めっちゃ好きなんですよ。そういう意味では、やっと自分の好きな場所に着けたのかなと思います」

 納得の適所を見つけたレギアでは、予選を含む今季の欧州戦で4ゴール6アシストという数字を残した。

「人生を変える1発っていうのがあると思う。その1発1発が自分をどんどん有名にしてくれるし、高みに押し上げてくれているなと感じます。ただ、代表となると、より(競争が)熾烈になるポジションなので難しいですけど、頑張りたいなと思います」

代表戦のピッチへ「資格はちょっとずつ得られているのかなと」

 森下には、数年前には大学卒業を前に就職活動もしていた過去を考えれば、自ら「夢みたい」と表現できる現状にあっても、まだまだ強く意識する「夢」がある。名古屋グランパス時代の2試合に止まっている、日本代表戦のピッチだ。

「そこの思いっていうのはありますよ、もちろん。簡単に辿り着ける場所じゃないと、こっちに来て思うし。メンバーに入れたとしても、ピッチに立てるかどうか。Jリーグから立つのは難しいんじゃないかという僕の肌感なんです。それで、こっちに挑戦してみて、自分は逞しくなったなと思うし、ピッチに立って、資格みたいなものはちょっとずつ得られているのかなと」

 曰く、「言い訳しないっていう逞しさ」だ。「良いプレーをしていても認められないことはいっぱいある。だから、それを点につなげて勝つところまで持ってかなきゃいけない」と語る森下は、自らが鍛えられている土壌であるポーランドを、「強くお薦めします」と言う。

「時間を守るし、仕事に対してのリスペクトが凄くある。日本人と似た価値観を持ってる部分は数多くあると思います。ピッチとか、あと冬の天気とかは厳しいので、そこにアダプトするまでに時間はかかるかもしれませんけど、やる気と勇気、あとは希望、野望がある選手はぜひ、レギアに来て活躍してもらえれば。若ければ若いほど良いと思う」

 そのレギアで、自身初のフルシーズンとなる今季、欧州での戦いは終了となったが、国内では、まだカップ選手権決勝も残されている。クラブとの契約は、3か月ほど前に、当初のレンタル移籍から2028年5月までの完全移籍へと切り替えられたばかりだ。

「もう、ただ続けたい。夢のために移籍したので、夢が叶うまで頑張りたいなと思います」と、森下。自らが、トップレベルの美学を肌で感じた欧州の舞台で、夢を追う者の美学を感じさせてくれた。

(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)



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山中 忍

やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。

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