J審判番組に物申す 欠けている議論のぶつけ合い…求められる知識人と“エンタメ性”【コラム】

今シーズンから「シンレポ」がスタート(写真はイメージです)【写真:徳原隆元】
今シーズンから「シンレポ」がスタート(写真はイメージです)【写真:徳原隆元】

「Jリーグジャッジリプレイ」が有意義だった理由

 スポーツチャンネル「DAZN」の人気プログラム「Jリーグジャッジリプレイ」が、今シーズンから「シンレポ -Jリーグ審判レポート-」に変わった。「シンレポ」のコンセプトとしては「普段知る機会の少ないレフェリーの個性や努力、試合中継だけでは伝わらない舞台裏に迫る」というもので、たしかに普段なかなか見ることができない審判団の努力が垣間見える。

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 だがその一方で、物足りなさが残る。もう少し深掘りがあってもいいんじゃないか、と思うのだ。

「Jリーグジャッジリプレイ」が始まった時は平畠啓史氏がMCで、原博実Jリーグ副理事長や上川徹元審判委員長、それから元選手などが出演して、実際の試合の映像について議論を交わしていた。議論、と書いたが、えてして原副理事長は立場を忘れたような暴論に近い意見を出し、それを上川氏が困ったように諭し、それでも平畠氏がボケて混ぜ返し、元選手は右往左往するという、爆笑座談会の様相を呈していた。

 上川氏に「今はこういうルールになっていますから」と言われて、原氏が「それはルールがおかしい」という場面などは、「Jリーグの首脳陣がそれを言うか!」と笑いを誘っていたが、今にしてみれば非常に深い意味があったのではないかと思う。

 サッカー界のエリートとして先頭を走ってきた人物が元審判からルールを説明されるのだ。それだけでもルールがどれだけ理解されていないかというポイントが浮き彫りになるし、平畠氏が理論とは少し外れた心情的なことを言うと、それだけで判定に納得できなかった人たちには癒しになる。

 上川氏が結論めいたことを言う。それでも不満げな表情を浮かべる原氏の存在は、判定にはいろんな考え方があるが、レフェリーはどれか1つに自分が見たことを元に決めなければいけないという立場を浮き彫りにしていた。

間違っていた事象の取り上げ・審判の断罪は問題

 当時はビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)も導入されていなかったため、レフェリーは非常に厳しい立場に置かれていた。微妙なプレーがあると観客はそそくさと携帯を取り出して「DAZN」でプレーを確認し、審判を非難するのだ。

 そしてその非難を浴びた判定には、そう下した理由がある。例えば、審判の角度からは見えなかった、突発的に起きたことで審判の予想外だった、審判が予想を間違えた、などだが、元審判委員長としては「仕方がない」で済ますことはできない。

 そのため「もっとこうすれば良かった」と反省の弁を口にしていた。ただ、その上川氏の苦悶の表情に「言われていることは分かるけど……」という思いが含まれているようで、それもまた「審判もマシンではない」という部分がにじみ出ていた。

 ただ、配信日は問題だった。日曜まで試合があり配信日が火曜日だったため、月曜には収録しなければならない。そのスケジュールだと、審判委員会が担当審判からどう見えたかなど話を聞きたくても、できなかったはずだ。当時、知り合いのレフェリーに「あの番組で急に自分の名前が出てきてドキッとする」という話を聞いた。現場のレフェリーからはいきなり自分がさらし者にされる感覚になったのではないだろうか。

 時は流れてVARが始まり、平畠氏という癒しの存在はプログラムから姿を消し、だんだん「これが正しかった」という審判を断罪するかのように受け止められることが増えた。もちろん審判の「ナイスジャッジ」も取り上げるのだが、どうしても間違っていた事象のほうが多い。

 試合後に何度もVTRを確認し、事前にしっかりと準備をしたうえで臨む出演者たちと、その場で捌いていたレフェリーとでは圧倒的に準備と情報が違う。なので、あとから何度も見返して審判を批判している、という逆に出演者を非難するような受け取られ方をすることもあった。

 出演していた元国際審判員の家本政明氏は「僕の見解は」と、あくまで自分だったらと強調しながら意見を出していたが、どうしても家本氏が語ったことが「正解」として扱われるようなことにならざるを得ない。本来だったらいろんな判定の考え方があり、それを家本氏なら「これを選ぶ」ということなのだが、見え方としては家本氏と一致するかどうか、というクイズになってしまった。

メディアブリーフィングの要素を「シンレポ」に取り入れてみてはどうか

 では「シンレポ」だが、これは逆に審判の立場に寄りすぎではないだろうか。

 平畠氏がVARの行われている現場を経験したり、安田理大氏が審判の体力トレーニングに参加すしたりする企画はとても面白かった。ただ、もう1つの柱であるジャッジについて説明する時は、「この判定はこう思えるんだけど」と、観客目線で語れるツッコミ役がいない。

 観客、あるいは視聴者が語っている「こう見えた」「こうじゃないのか」という声に近いところを審判にぶつけ、それに対して解説してもらうほうが「これはこうなんです」と説明されるより分かりやすいと思う。

 実は審判委員会はそんな会合をほぼ月に1回おこなっている。「メディアブリーフィング」という名前で開催される会では、ルールの動向やそこまでのジャッジに関するデータなどが紹介される。

 と同時に、前回の開催日から直前の試合まで、いろいろな事象のVTRを見ながら東城穣Jリーグ審判デベロプメントシニアマネジャーや、佐藤隆治元国際審判員が解説を行う。この時、メディアが「はい、そうですか」と黙って話を聞いているだけではない。いろいろな意見が出て、それに対して扇谷健司委員長まで含めて議論のようなことが行われている。

 非常に面白くて知識が深まる場なのだが、それと同じことを「シンレポ」でやったほうがいいのではないだろうか。ある程度の知識を持った人が「それでもこう見えるんだけど」という意見をぶつけ、それがなぜ違うのか、なぜそう判定しなかったのか、あるいはなぜそう判定できなかったのか、を教えてくれるほうが、エンターテインメント性も増す。

 もちろん詰問調で質問するのはダメだろう。ユーモアとペーソスを持ち、多少ずれたことを言ってもみんなが笑って許せるような、その実知識はものすごく豊富という人を入れて、もっと議論してはどうかと思う。おっと、そうなるとやっぱり私としては平畠氏のレギュラー復活が望ましいと思うのだが。

(森雅史 / Masafumi Mori)



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森 雅史

もり・まさふみ/佐賀県出身。週刊専門誌を皮切りにサッカーを専門分野として数多くの雑誌・書籍に携わる。ロングスパンの丁寧な取材とインタビューを得意とし、取材対象も選手やチームスタッフにとどまらず幅広くカバー。2009年に本格的に独立し、11年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌で開催された日本代表戦を取材した。「日本蹴球合同会社」の代表を務め、「みんなのごはん」「J論プレミアム」などで連載中。

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