降格圏と3差…川崎はなぜ勝てない? 「内容がいいから難しい」“幻弾”FW実感のジレンマ【コラム】
小林悠のC大阪戦“幻ゴール”は大きな話題を呼んだ
右足には会心の感触がしばらく残っていた。パスの呼び込み方。飛び出すタイミング。そして、フィニッシュの刹那の駆け引き。すべてが「完璧でした」と、川崎フロンターレのFW小林悠は振り返る。
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「健人(橘田)から完璧なボールがきて、最初はファーに、逆サイドに打とうかと一瞬だけ迷いましたけど、足首の角度をちょっとだけ変えてニアに打ちました。自分にオフサイドはないと絶対にわかっていたし、自分でもうまく打てたと思いましたし、すべてにおいてイメージ通りだったんですけど……」
ただ、画竜点睛を欠いた。場内アナウンスでは小林のゴールがコールされたが、木村博之主審がゴールを認めていない。それどころか、VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)と交信中というポーズを見せている。何か起こっているのか。小林が不思議そうな表情を浮かべていたなかで、無情にもゴールが取り消された。
ホームのUvanceとどろきスタジアムに、セレッソ大阪を迎えた7月14日のJ1リーグ第23節。同点に追い付かれた直後の後半34分に生まれながら、直後に“幻”となった小林の勝ち越しゴールが大きな議論を呼んだ。
同点とされた川崎のキックオフで再開された流れで、左サイドでボールをもつセレッソのFWカピシャーバを、川崎のMF橘田健人、MF瀬古樹がすかさずはさみ込む。最後は瀬古がデュエルを制してボールを奪い、こぼれ球を拾ったMF家長昭博から短いパスを受けた橘田がゴール前へ抜け出した直後だった。
ルックアップした橘田が選択したのは、大外で右手をあげながらパスを要求する小林へのクロス。インスイングから放たれたボールは、緩やかな弧を描きながら寸分の狂いもなく小林の足元へ落ちてくる。
本人が振り返ったように、最初はファーへのボレーを放つ体勢に入った小林は、ミートする瞬間に足首の角度を変えてニアを狙った。小林のフェイントに惑わされ、重心がわずかに逆に傾ってしまった影響からか。セレッソの守護神キム・ジンヒョンと右ポストの間のわずかな空間を、会心のボレーが撃ち抜いた。
しかし、歓喜の瞬間から2分あまりがたって状況が急変する。川崎がFW山田新に代えて、最後の交代カードとしてMF瀬川祐輔を投入。試合が中断している間に、小林は木村主審と会話を交わしている。
「フィニッシュの場面は関係なく、その少し前のプレーでゴールラインを割っていたと言われました」
木村主審の説明をこう振り返った小林は、同主審と交わした会話の具体的な内容を明かしてくれた。
「まさかあの前に出ていた、というのはちょっと分かっていなかった。それでも、ゴールラインを割った後もけっこうプレーが続いていたので、僕からは『そこまで戻ってチェックするのですか』と聞きました。それでも『攻撃の流れはそのまま続いていたから』という話だったので、もう取り戻せない、仕方がない、と」
木村主審が取り上げたのは小林のゴールから30秒ほど前。小林の落としを受けた家長が、ペナルティーエリア内の左側をえぐった場面だった。マークしたパリ五輪代表DF西尾隆矢にブロックされたボールは、家長にあたってさらに前へこぼれる。そして家長がマイナスへ折り返す前に、ゴールラインを割っていた。
試合後のロッカールームで、問題の場面を何度も確認していたのだろう。小林はこうも続けている。
「DAZNの映像ではよくわからなかったんですけど、多分、別の(VARが使う)映像では外に出ていたんですかね。ちょっとわからないですけど……チームが勝てていない状況を、自分のゴールで何とか打開したいとずっと思ってきましたし、今日もそうなると信じてプレーしていたので……悔しいですね」
試合は1-1のまま引き分けた。昨シーズンの王者・ヴィッセル神戸に国立競技場で敗れた第18節から、これで5試合連続のドロー。第19節のアルビレックス新潟戦こそ試合終了間際に追いついたものの、湘南ベルマーレ、サンフレッチェ広島、ジュビロ磐田、そしてセレッソとすべて追い付かれた末に引き分けている。
白星が遠い川崎「何よりも結果が必要」
さらに直近の4試合には共通点がある。試合中に2点差以上のリードを奪えない。最後に2点差としたのは名古屋グランパスとの第17節。このときは最終的に2-1で、現時点における最後の勝利を手にしている。
セレッソ戦で小林が投入されたのは、1点をリードして迎えた後半13分だった。負傷したMF大島僚太に代わってハーフタイムに投入されたMFゼ・ヒカルドを除けば、実質的には初めての戦術的な交代だった。
2点目を取ってほしい――鬼木達監督から託されたミッションは、言葉はなくともわかっていた。J1リーグ歴代7位の通算140ゴールをあげ、2017シーズンには得点王も獲得している小林が言う。
「かなりスペースができていたので、チャンスは絶対に作れると思っていました。これは両チームに言えますけど、みんなかなりきつそうだったので、途中から入った選手で何とか決めたいとずっと思っていたんですけど」
負けていないものの、同時に勝ててもいない。5試合連続ドローと足踏みが続いた過程で、サガン鳥栖やJ2への自動降格圏にいる京都サンガF.C.や湘南が連勝をマーク。順位こそ14位へひとつ上げた川崎だが、気がつけば18位の湘南と19位の京都との勝ち点差は、わずか3ポイント差となっている。
「そういうのを多分、気にしなきゃいけないと思うんですけど、本当に下を見ていないというか。実際にプレーしている感覚として、本当にもうちょっとで掴めそうなところで勝てない。何ていうんですかね、ちゃんと負けていたら、そこに対して直していかなきゃいけないんですけど。勝てていないけど、内容がいいから難しくて」
実は今シーズンでまだ連勝をマークしていない。総得点32を、総失点33がひとつ上回っている。それでも攻撃面では山田や、直近の5試合で4ゴールと絶好調のマルシーニョらが縦へのスピードを発動。まずは敵地へ直線的に攻め込み、そこからお家芸のコンビネーションを駆使する新たな形もできあがりつつある。
ただ、前半から飛ばす分だけ後半は失速し、高温多湿の季節に入った影響もあって、全体的に間延びする。直近の4試合で喫した同点ゴールが、すべて後半30分以降なのも決して偶然ではないだろう。
2017シーズン以降の5年間でJ1リーグ連覇を2度マークするなど黄金時代を築き上げたプライドと、現所属選手の大半が経験していない残留争いに巻き込まれそうな現状。そのギャップに苦しんでいると小林は言う。
「今日もいいシーンがたくさんあったけど……うーん、それでもいくら内容が良くてもダメだと思うし、いまのチームには何よりも結果が必要なので。その意味でも今日は自分が決めたかったですし、そういう思いを背負ってプレーしましたけど……それでも、いまは苦しい時間が続いている、という感じです」
勝利は何よりの良薬となるのはわかっている。それでも、状況を変えるはずの白星がこんなにも遠く、セレッソ戦では物議を醸したVARの介入で勝ち越しゴールが幻と化した。もどかしさを拭えず、こんなものじゃない、という忸怩たる思いを引きずったまま、38試合を戦う長丁場のシーズンは3分の2に達しようとしている。
(藤江直人 / Fujie Naoto)
藤江直人
ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。