鎌田大地、プレミアで「必要とされた」理由 高まる地元の期待度…なぜ日本人獲得に奔走?【現地発コラム】
フランクフルト時代に英国で刻んだ実績
「ポイント高い」「使える」「わくわくさせる」――7月1日に発表された鎌田大地という新戦力獲得について、クリスタル・パレスのファンが用いていた形容詞だ。BBCスポーツ公式サイトで紹介されていたコメントだが、ファンサイトでは「大バーゲン」や「大成功」といった表現も見られた。筆者がファンの1人だったとしても、同じく期待に胸を膨らませていることだろう。
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さすがに、地元ファンの多くが、ブンデスリーガやセリエAでの鎌田を観ていたとまでは思えない。ここイングランドは、特定クラブのサポーターという意識が強いサッカー好きの国。欧州最高峰のUEFAチャンピオンズリーグ(CL)ですら、「我がチーム」が蚊帳の外であれば、テレビのチャンネルを合わせない者も珍しくない。
だが近年、日本人選手に対する評価は確実かつ格段に上がっている。パレスの公式サイトでも紹介されていたように、フランクフルト時代の鎌田は、CLではトッテナム・ホットスパー・スタジアムで、UEFAヨーロッパリーグ(EL)では、アーセナルのエミレーツ・スタジアムと、ウェストハムのロンドン・スタジアムでもネットを揺らしている。ファンにすれば、前評判の信憑性も高まろうというものだ。
加えてパレスは、高揚感に包まれてシーズンを終えたばかり。友人に1人だけいるパレス・サポーターは、「未知の領域に足を踏み入れた気分」と言って笑っていた。昨季プレミアリーグで13勝10分15敗の10位と、成績は中位然としている。しかし、転機となった今年2月後半の監督交代後に限定すれば、内容と結果も上位風なのだ。
健康上の理由で退任したロイ・ホジソンからチームを受け継いだオリバー・グラスナー。交代後のひと月ほどは、慎重派の前監督のあとを受けた積極派の新監督にとって持ち駒の適性を見定める“試用期間”とならざるを得ず、パフォーマンスも振るわなかった。だが、4月6日のマンチェスター・シティ戦(2-4)で、強豪に敗れながらも攻めの姿勢で善戦すると、前体制下の4-2-3-1ではなく3-4-2-1を基本システムとし、プレスを効かせて能動的に守り、よりピッチの幅を活かして攻める新チーム像が見え始めた。
続く最終節までの7試合は6勝1分。格上のリバプール、マンチェスター・ユナイテッド、ニューカッスル、4位につけたアストン・ビラからも勝利を奪っている。その間、合わせて21得点で19ポイントを獲得したパレスを上回る数字を記録したチームは、計25得点の7戦全勝でプレミア4連覇へと走り切ったシティしかいない。
鎌田は攻撃の“引き出し”を増やすための新戦力
グラスナー体制下のチームでは、トップ下起用がメインとなったエベレチ・エゼとミカエル・オリーズが、ピッチ上での影響力をさらに強め、今年1月に加入したセンターハーフのアダム・ウォートンと、ウイングバック適任のダニエル・ムニョスが重要な即戦力となった。平均年齢は24歳、移籍金は合わせて約5280万ポンド(110億円弱)と、プレミアでは決して高い買い物ではない4人は、ダギー・フリードマン主導のリクルート成果物。その手腕にファンも信頼を置くスポーツディレクターが、ラツィオとの新契約交渉決裂を逃さず、フリーエージェントとして獲得した27歳が鎌田でもある。
そのうえ、鎌田自身がクラブ公式サイトを通じて「よく知っているオリバーとまた一緒に仕事ができることを楽しみにしています」と述べているとおり、新監督と新攻撃的MFは、実績ある師弟コンビときている。欧州で名を上げたフランクフルトでの通算179出場40得点のうち、93試合と25得点がグラスナーの下で重ねられた。
となれば、システムも当時と同じパレスで「2シャドーの1枚」という、国内メディアでのポジション予想にも頷ける。鎌田にピッチ上での自由を与えつつ、貪欲に得点に絡む一面を引き出した監督がグラスナーだったのだから。
個人的に、国内での反応と違った見方をしている点があるとすれば、それはロンドン地元紙「イブニング・スタンダード」などで移籍決定前から伝えられた「エゼまたはオリーズの後釜」という獲得目的になる。エゼが複数のビッグクラブから熱視線を浴びている状況ではなくても、数日後にオリーズがバイエルン・ミュンヘンへと去る展開ではなかったとしても、パレスは鎌田を迎え入れていたと理解している。
昨季末に上位勢並みのパフォーマンスを見せてはいても、選手層を含めたチーム戦力は、まだその限りではない。色合いが強まる攻撃面では、合わせて昨季21ゴール12アシストだったエゼとオリーズに頼っていた感が否めない。ラスト7試合で唯一ポイントを落としたフルハム戦(1-1)は、エゼがメンバーを外れていた。
そのエゼと鎌田は、持ち味が異なる。オリーズもそうだったが、イングランド代表MFは突破力が最大の武器。一方の日本代表MFは、ドリブルもレパートリーの一部ではあるにしても、自らがつき、味方のために作り出すスペースの察知能力が一際強烈に光る。つまり、チームが持つ攻撃の引き出しを増やすために必要とされた新戦力だと考えられる。
昨季終盤のゴール期待値に鎌田が加われば…
メディアでは、昨季途中の時点で、来季に向けて新ストライカーの獲得を必須とする意見も聞かれた。だが最終的には、移籍3年目のジャン=フィリップ・マテタが、監督交代を境にネットを揺らす頻度を上げている。得点数は、トップリーグでの自己ベストとなる合計「19」。シュートの成功率は昨季プレミア最高の63%。ゴールが計算できるセンターフォワード(CF)と化し、ファン投票で年間最優秀選手に選ばれているほどだ。
チームのゴール期待値(xG)は、前シーズンからほぼ横ばいで、20チーム中14位の「1.32」となっているが、グラスナーのチームと言えるサッカーで結果を残したラスト7試合ではトップレベルの「2.16」。新たな指標を確認したパレスが、鎌田を加えてチャンス創出に力を入れるのは正解だ。
「トップ6入りなんてことになったら、どう喜んでいいのか(苦笑)」と、前述したパレス・ファンの友人は、期待せずにはいられない心境を冗談交じりに口にしていた。プレミア(1992年~)での過去最高成績は、昨季が通算2度目だった10位。とはいえ、三笘薫のいるブライトンが昨季ELで欧州初参戦を経験したように、鎌田が入ったパレスが、初めて欧州主要大会への切符を手にする可能性も例年になく高いと思われる。
もちろん、戦力アップの継続は必要だ。例えば、オーバーラップからの攻撃参加も担う新体制下での3バックでは、33歳のナサニエル・クラインからバトンタッチを受けるであろう21歳のシャディ・リアドが、今夏1人目の補強として加わってもいる。上昇気流に乗った南ロンドンの“イーグルス”では、2人目の鎌田移籍を含め、「未知の高み」へと飛翔する準備が進む。
(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)
山中 忍
やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。