遠藤航の魅力を一言で評価するとしたら? 現地ファンに質問…声から見えた特別な存在感【現地発コラム】
リバプール広報担当の言葉が現実に
イングランド1部リバプールに今季加入した日本代表MF遠藤航は、試合を重ねるごとに存在感を増している。当初は日本人MFの獲得に懐疑的な声もあったなか、逆境を跳ね除けた遠藤の軌跡を追う。「FOOTBALL ZONE」では、「遠藤航の解体新書」と称し特集を展開。遠藤が“愛される理由”を現地の視点から明かしていく。(著者=山中 忍)
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「Yes, Endo(そうだ、エンドー)!」「Well done, Endo(いいぞ、エンドー)!」と、遠藤航のプレーに反応するリバプールファン。今季後半戦のアンフィールドでは、こうしたホーム観衆の声を耳にする機会が増えている。
現地時間4月11日、まさかの大敗(0-3)に終わったUEFAヨーロッパリーグ(EL)準々決勝アタランタ戦第1戦でさえ例外ではなかった。チーム全体としては、及第点以下の出来。遠藤自身も、76分間のピッチ上で特筆すべきパフォーマンスを見せたわけではない。
それでも、ダルウィン・ヌニェスが先制ゴールを決めているべきだった前半15分、メインスタンド中央で観戦していた筆者は、1対2で競り勝ってチャンスのきっかけを作った遠藤を讃えるファンの声を聞いた。2点差とされて間もない後半17分には、ダッシュして倒れながらもルースボールを味方につないでアンフィールドに生気を蘇らせもした。
試合前、「懐疑論者から賞賛者に転身したよ」と言って苦笑していたのは、年配の地元サポーターだった。リバプール市内中心部の駅からスタジアムへのバスを待つ列で、うしろに並んでいた彼に「遠藤感」を尋ねてみた時のこと。聞けばサポーター歴50年という彼は、こう続けた。
「最初は、30歳の日本人MFがリバプールらしい補強だとは思えなくてね。意中の獲得候補に逃げられた末の苦肉の策でしかないと思っていた。正直、よく知らない選手だったから、大して期待もしていなかった。それが、ワォ! エンドーは素晴らしいよ。がらっと顔ぶれが変わった中盤に必要だったナンバー6としては、間違いなくトップクラス。しかも、単なるボールハンターじゃないことも分かった。奪ったボールを、どうつなぐべきかを常に把握していると思う。あれは、中盤の若手に見習わせたい。もっともっと評価されていい選手だ」
ホームゲーム当日に運行される直行バスを待つ列は、筆者の前に30名ほど。そこで、手前の若い男性2人組にも同じ質問をしてみた。背の高い片方は、「カイセドとラビアに感謝しないとな」というジョークで返答。昨夏にリバプールではなくチェルシーを選んだ、モイセス・カイセドとロメオ・ラビアの両守備的MFは、中位に低迷している移籍先で揃って不本意なシーズンを送っている。代わりに加入した遠藤の活躍は、さぞかし爽快に感じられることだろう。
もう片方は、「エンドーのプレーを見るのが楽しい」と言う。理由は、同じ今季新戦力で、当初は中盤の底で起用される試合が多かったアレクシス・マック・アリスターとの違い。「相手がフィジカルだと、マック・アリスターはバトルを嫌がっているみたいに見えるけど、エンドーはバトルを楽しんでいるように思えるんだ。マウスピースをしていなかったら、タックルを仕掛けに行く直前に絶対ニヤっと笑っていると思う」と言って、自らも笑っていた。
そこで思い出したのは、シーズン序盤に聞いたリバプール広報担当の言葉だ。彼は、地元紙「リバプール・エコー」の元番記者。「あのガッツとハードワーク。ワタルに『間違いなくファンに気に入られるから』と伝えた」と言っていた。
ファン12名が“一言”で語った遠藤評
スタジアムに到着した後は、一緒に観戦することになっていた知人をメインスタンドの入り口前で待つ必要があった。その間に再びファンの意見を聞こうと思ったのだが、外はあいにくの小雨。そこで、「遠藤の魅力を一言で表現するとしたら?」という質問に手短に答えてもらうことにした。
答えてくれたファンは12名。回答は、それぞれ2人ずつの「マシン」と「モンスター」のほかに、「ファイター」「ノンストップ」「100%」「バーゲン」「ヘディング」「エリアル」「コンシステンシー」「プレーヤー・オブ・ザ・シーズン」となった。
最初の5つは、6番役としての頼もしさが言わせたものだろう。2月後半、チームとしては今季1つ目、遠藤個人としては欧州で初の主要タイトル獲得が実現した、リーグカップ決勝(1-0)での勇姿が最たる例だ。チェルシーのカイセドに“当たり勝ち”した際に左足首を負傷し、痛みをこらえて延長を含む120分間を戦い抜き、足を引いて優勝メダルを受け取るウェンブリー・スタジアムのメインスタンド上段へと向かった姿に惚れないサポーターはいない。
その翌週、インスタグラムで目にしたユーモアあふれるファン投稿を覚えている。いわゆるフェイクニュースのテキストには、「2億2000万ポンド(約420億円)相当をポケットに忍ばせて脱税の疑い」とあった。ともに移籍金1億ポンド(約190億円)を超えたチェルシー新MFカイセドとエンソ・フェルナンデスの存在感を消して中盤を掌握したのだから、移籍金1620万ポンド(約31億円)の遠藤は「大バーゲン」と言っても良い。
空中戦での強さは、サポーターにとって予想外の驚きだったようだ。「ヘディング」と答えた1人が、「足下でくすね取るだけじゃないから」と説明すれば、「エリアル」と遠藤の魅力を表現したファンは、「180センチそこそこの身長であんなに空中戦に強い選手は見たことがない」と付け加えていた。
しかも、本人が「奪ったボールを素早く前につけるプレー」と語る遠藤の持ち味は、宙に浮いているボールをものにした場合にも当てはまる。敵のゴールキックに対処したヘディングが自軍の2得点につながった、プレミアリーグ第25節ブレントフォード戦(4-1)での勝利貢献はまだ記憶に新しい。
同節では、パス成功率「89%」とデュエル勝利数「5」を記録してもいた。遠藤には朝飯前の数字であり、格下との対戦に限られるわけでもない。例えば、第28節マンチェスター・シティ戦(1-1)。遠藤は、95%の割合でパスを成功させ、地上では4戦3勝、空中では2戦2勝とデュエルで優勢だった。このハイレベルで安定したパフォーマンスの一貫性(「コンシステンシー」)が、ファンを唸らせる。
リバプールの「プレーヤー・オブ・ザ・シーズン」候補という遠藤評は、日本人としては嬉しい限りだが、縁の下の力持ち的なポジションであるだけに、現実的には「影の年間最優秀選手」といったところだろうか。気になって、アタランタに先勝を許した直後に「まさかのショック」と携帯メールをくれた英国人の友人に、彼自身とサポーター仲間数人へのミニアンケートを頼んでみた。
「現時点でチーム年間最優秀選手を選ぶとしたら?」という質問に対し、最も多く名前が挙がった選手は、前述のシティ戦ではプレッシャー下で同点のPKを決めてもいたマック・アリスター。次点は、頻繁に相手ゴールを脅かすウインガーのルイス・ディアスと、アリソン負傷離脱中のゴールマウスで奮闘してきたクイービーン・ケレハーだった。
遠藤は2票を獲得。「嬉しい驚き」と「ずば抜けた安定性」という選出理由だった。友人によれば、仲間のほとんどが候補選手と認識していたという。
アンフィールドは「サンダー」ならぬ“エンドーストラック”状態
ファンの間で人気と信頼を得ている選手には、応援用のチャントが付き物だ。実際、遠藤にもチャント誕生が報じられている。アバのヒット曲「ブーレ・ブー」の替え歌で、一昨季まではサディオ・マネ(現アル・ナスル)用の曲だった。
ただし、個人的にはアーセナルファンが歌うようになったブカヨ・サカの応援歌という印象が強い。そこで、AC/DCによる「サンダーストラック」の替え歌を推したい。重鎮ハードロックバンドの名曲は、試合前とハーフタイム中にアンフィールドで流れる。曲名は「(雷に打たれるように)衝撃を受ける」という意味だ。
ギターのメロディーが印象的なイントロに乗せて「サンダー!」と入る合の手が、「エンドー!」となる。この替え歌を「ウチでは、エンドー用としてイケるってことになっているのよ」と言っていたのは、まだ遠藤の移籍翌月だったホームでの第6節ウェストハム戦(3-1)を、3人で観に来ていた家族の母親だった。
それから約7か月、この遠藤用チャントをアンフィールドで聞いたことはない。だがリバプールのファンは、チームが攻勢を維持して戦い続けるために欠かせない新アンカーの影響力に衝撃を受けている。アンフィールドは、既に“エンドーストラック”状態だ。
(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)
山中 忍
やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。