マンC長谷川唯が英国で放つ頭脳とフィジカルの輝き 五輪予選へ「本当の強さ出したい」【現地発】

マンチェスター・シティ・ウィメンの長谷川唯【写真:Getty Images】
マンチェスター・シティ・ウィメンの長谷川唯【写真:Getty Images】

中盤の勢力争いを制した長谷川唯の貢献

 今季のイングランド1部では、プレミアリーグと同様に女子のスーパーリーグ(WSL)でも僅差のタイトルレースが展開されている。第14節の口火を切った2月17日のライバル対決では、2位のマンチェスター・シティ・ウィメンが、首位で5連覇を目指すチェルシーに敵地で勝利(1-0)。勝ち点(34)でも得失点差(28)でも肩を並べ、8試合を残す終盤戦スタートラインについた。

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 勝敗を分けた1点はカディジャ・ショーのゴール。シティの点取り屋が、ショートカウンターからのチャンスを右足アウトサイドで逃さず決めた。だが、シティ勝利の決め手は中盤の勢力争いにあった。その中心人物が「6番」役の長谷川唯。ロンドン南西部郊外にあるキングスメドー・スタジアムのピッチには、アウェー用の白いユニフォームを身にまとった「なでしこ」が凛として咲いていた。

 チェルシーにも、この日はキャプテンマークも付けていたエリン・カスバートとう中核がいる。長谷川と同世代のスコットランド代表MFは、タックルもパスワークもシャープ。ビルドアップにおいても起点として頼られる。その相手キープレーヤーに、フラストレーションを募らせた代表格が長谷川だった。

 カスバートのボールロストがきっかけとなった前半14分の得点シーンでは、トップ下のジェス・パークがボール奪取とアシストをこなしている。しかし、カスバートへの圧力は、その数秒前に長谷川のプレッシングから始まった。チェルシー中盤のターゲットは、同30分過ぎには苛立ちを隠せなくなっていた。ルーズボールを拾った長谷川に背後から当たってFKを与えているのだ。後半7分には、やはり長谷川へのタックルでイエローをもらうことになる。

 チェルシーのホームゲームでは、立ち上がりからの中盤支配が当たり前だった。それが、3年間に及んだホームでの無敗を支えていた。だが、その記録が途絶えた今回は違う。2トップの一角からローレン・ジェームズが落ちて加勢しても、シティを相手に中盤を制することはできなかった。パワー、スピード、テクニックを兼ね備えたジェームズは、肝心の前線でも仕事をさせてもらえず。試合後、長谷川はこう語っている。

「中盤のところは、特に後半は相手が(縦に)蹴ってきたので、こぼれ球、セカンドボールの戦いになりましたけど、そこは意識して試合に入っていました。ローレン・ジェームズは、体を合わせたら抜かれる印象がある選手。取りに行った力を利用してターンしてくる。なので、ある程度、わざと距離を置いてシュートを打たせないコースに入る形をずっと意識することで、前半から(敵の攻撃を)遅らせるところはできていました」

長谷川が手応えを感じたチームの守備力向上

 事実、長谷川の頭脳的なプレーは、ハーフタイム前の同点を期す相手に流れが傾きかけた前半40分過ぎにも冴えていた。アウトサイドからCBとSBの間を狙ってスルーパスを出されても、中央から先に動いて難なく対処。逆に中央から外へのパスで裏を狙われても、同じく先に読んでインターセプトしている。後者の出し手はカスバートだった。

 後半、シティは早い時間帯からローブロックで守るようになった。長谷川の言葉を借りれば、「相手の2トップが疲れるまでずっと回して、空いたスペースをどんどん使って、何回でもサイドチェンジしながら相手ディフェンスの隙をつく」のがシティ本来のスタイル。この日の前半とも対照的な戦い方は、前回対決での反省に基づくものかとも思われた。ホームでの昨年10月、やはり早々に先制したシティは、最終的に9人となった終了間際に追いつかれていたのだ。長谷川は、次のように説明してくれた。

「最初から引こうと思っていたわけではなく、相手の圧力もあって。つないでこなくなって、どうしても自分たちが下がってしまうようになった。前に3、4人残して蹴り込んできたので、プレスにいってもというところもあったので。長い時間、その戦い方になりましたけど、今日は失点ゼロで抑えることができた。本当に去年よりも失点が少ないですし(全22試合25失点の昨季に対して第14節終了時点で8失点)、そこはすごく成長しているところかなと思います」

 ハーフタイムを境に守勢を余儀なくされたシティが、最後に相手ゴールを脅かしたのは後半28分。味方のシュートは相手GKに止められるのだが、チャンスのきっかけは、タッチライン沿いから軽快なフットワークで1人かわしてインサイドに入り、センターサークル内のパークにパスを通した長谷川のプレーだった。終盤に訪れたピンチも19歳GKキアラ・キーティングの好セーブを含む決死の守りでしのいだシティの選手たち。試合終了の笛が鳴ると、ピッチ上で円陣を組んで声を掛け合っていた。2016年以来となる、通算2度目のWSL優勝に懸けるチームの意気込みが伝わってきた。

 実現すれば、移籍2シーズン目の長谷川にとって、21年夏のウェストハム・ウィメン入りで幕を開けたイングランド挑戦で初のタイトル獲得。シティとは、前月に27年までの契約延長も決まっている。

「特に今年は、最初からリーグタイトルを獲るという目標をチームで掲げて入っているので。ホームでのチェルシー戦は退場者が出たりで最後なかなか守りきれなかったところがあって、凄く悔しい思いをした。今日の勝ち点3は、本当に全員で獲りにいったので勝てて良かったです」

五輪の切符獲得へ「本当に応援してもらえるようなサッカーをしたい」

 当人には、続いてシティとは「別物」と表現するチームでの大一番も待ち受けている。「パリオリンピック2024」出場を懸けた、北朝鮮代表とのアジア最終予選だ。

「プレースタイルは違いますけど、シティで学んだことというか、どこのポジションに立ったらいいかだったり、動き方の工夫だったりというのはどういうサッカーにも通じるもので、そこを代表でのプレーでも出せている部分はあると思う。代表では、もう少し前めの役割にもフォーカスしてやっているので、こっちとは別で考えてはいますけど。

 北朝鮮は力強さがあるチーム。オリンピック予選ということで、やっぱり結果にこだわって、球際だったり、そこで負けない強さを代表でも見せていきたい。日本のスタイルには、巧くてボールを回せるというイメージはあると思うんですけど、本当の強さっていうところを、ファンの方々もそうですけど、チームメイト全体の前で自分が出していって、本当に応援してもらえるようなサッカーをしたいと思います」

 そう、リーグ優勝を争うシティが誇るアンカーは、賢いうえにWSLのピッチ上でも強いのである。身長157センチの身体は、見た目に小さい。チェルシー戦での入場時、後ろを歩くショーとは頭一つ分ほどの段差。だが、いざキックオフを迎えれば、長谷川の存在感は183センチ弱のCFにも負けていない。

 この試合の個人的なハイライトを挙げれば、唯一のゴールが生まれたシーンではなく、その13分後にシティが自軍コート内で敵のスローインに対処した一場面になる。ボールを受けたのは、チェルシーのマイラ・ラミレス。コンビを組んだジェームズに勝るとも劣らぬフィジカルを持つ新ストライカーは、長谷川にボールを奪われ、片腕で距離を取られてキープされ、シティにGKからのビルドアップ再開を許すことになった。半ばショックを受けたようにさえ見えたラミレスは、「ドンマイ」とでも言うように背中をポンと叩いたジェームズに励まされている。女子代表ウィーク直前のWSL頂上対決は、シティ、そして長谷川に軍配が上がった。

(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)



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山中 忍

やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。

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