“エメリ効果”で躍進のアストン・ビラ 智将の下で発揮される洗練された4-4-2の魅力【現地発】

アストン・ビラを率いるウナイ・エメリ監督【写真:ロイター】
アストン・ビラを率いるウナイ・エメリ監督【写真:ロイター】

コンパクトな4-4-2をベースに明確な戦術を授けたエメリ

「向こうは叩きのめしに来るつもりでいるだろう」と、ホームでのチェルシー戦を前にアストン・ビラの指揮官は言った。一昨年10月後半までチームを率いていた、スティーブン・ジェラード(現アル・エティファク監督)の発言だ。結果は零封負け(0-2)。その4日後には、解任の運命にあった。

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 プレミアリーグ17位でウナイ・エメリに引き継がれたチームは、その昨季を7位で終えた。戦術的な方向性が明確になり、それに沿って選手個々の能力が引き出され、同時に組織力も高まったアストン・ビラは、敵地でもチェルシーに勝てるとの意識で、今年1月26日のFAカップ第4回戦に臨んでいたに違いない。

 今回の勝敗は、ホームでの再試合に持ち越されることになった。しかし、スコアレスドローに終わった90分間の中でも、第21節を終えて43得点27失点のリーグ4位という今季の成績が、“エメリ効果”の表れである事実は確認できた。

 エメリは、後方での強さをチーム作りの土台とする。基本システムは、コンパクトな4-4-2。といっても、ローブロックで堅守に徹するわけではない。アストン・ビラの得意はミドルブロック。ピッチ中盤で高密度のフィルターをかける。そのために、最終ラインをハーフウェーライン近くまで押し上げる。スタンフォード・ブリッジの記者席では、試合が始まると「ハイラインはトッテナムといい勝負」との意見が聞かれた。

 ただし、アンジェ・ポステコグルー率いる今季トッテナムのように、前線から怒涛のようなプレッシングを繰り出しはしない。この点に関しては、マウリシオ・ポチェッティーノ率いる今季チェルシーの方が精力的だ。エメリのアストン・ビラは、ボランチのブバカル・カマラが最終ライン付近で相手1トップへのパスを警戒しつつ、手前の5名が敵に使われるスペースを消しにかかる。この試合でも、カマラが敵の折返しをカットしてボールを持ち出すまでに、キックオフから3分とかからなかった。

 必然的に、対戦相手はミドルサードのバイパスを試みる。チェルシーも、計12本のロングパスを試みた。だが、エメリ体制下の4バックは徹底的にライン制御を仕込まれている。第1CB(センターバック)のタイロン・ミングスが開幕戦で膝を痛めて長期欠場に追い込まれたあとも、上げ下げのタイミングといい、マークにつく判断といい、DF間の統率と連動が乱れる様子はない。リーグ戦21試合での平均ポゼッションは7番手の約55%でも、20チームで3番目に少ない平均7.1本しかシュートを許していないわけだ(セットプレーを除く)。

最後尾で光るエミリアーノ・マルティネス(右)の存在【写真:ロイター】
最後尾で光るエミリアーノ・マルティネス(右)の存在【写真:ロイター】

プレッシャー十分に機能せずとも最後尾に頼れる守護神の存在

 強いて言えば、チェルシーとのFAカップ戦では、前半は特にパスの出し手に対するプレッシャーが甘かった。そうでなければ、プレミア最高と評判のオフサイドトラップの効き目も通常通りだっただろう。成功は3回と、今季リーグ戦での平均5回を下回った。しかし、いざとなれば最後尾に控えるエミリアーノ・マルティネスの存在が物を言う点はいつも通りだった。

 アストン・ビラのGKは守備範囲の広さで知られる。今季もペナルティーエリア外での実働回数は、プレミア最多の平均「2.3」を記録。ハーフタイムを前に、相手ウィンガーのラヒーム・スターリングがゴール前に抜けたかと思えば足もとに飛び込み、終盤になっても、カマラからのバックパスが短過ぎた後半38分、相手トップ下のコナー・ギャラガーに付け込まれる寸前にスライディングで窮地を救っている。

 マルティネスは、土壇場でのセーブもプレミア随一だ。前半16分に訪れた最初の1対1では、相手右ウイングのノニ・マドゥエケがシュートを正面に飛ばしたように見えたが、リプレーで確認すれば伸ばした足で際どくセーブしていた。その3分後のピンチでも同様。CBクレマン・ラングレからのバックパスが敵の1トップで先発していたコール・パルマーに渡ったが、咄嗟に距離を詰めて足で防いでいた。

 唯一の失策は後半23分。フィードをボックス内でパルマーにカットされたが、ボールが跳ねた結果のボレー失敗で事なきを得た。だが見方を変えれば、パルマーが手にしたチェルシー最大と言える2度の絶好機が、いずれも相手自らが作り出したものではなかったということになる。

 アストン・ビラ守護神が、「マジか?」という表情を浮かべたように見えたのは前半7分。ビルドアップ開始時にプレッシャー下でバックパスがきた場面だったが、手前のフィールド選手たちは揃って後ろからつないで組み立てるだけの技量を備えている。この日は、ジョン・マッギンに加えて、もう1人のサイドハーフも本来はセントラルMFのユーリ・ティーレマンス。ボール保持時の陣形は普段の3-2-4-1ではなく4-2-2-2に近くなったが、中央で4対3の数的優位を作り出しながらアタッキングサードを目指す仕組みは見て取れた。

 前半7分のシーンでも、最終的には辛抱強いビルドアップの末に、攻撃的な左SB(サイドバック)アレックス・モレノが大外から走り込んで相手ボックスに辿り着いた。モレノにライン越しのパスを送ったのは、ドウグラス・ルイス。エメリの下で才能がフルに発揮されるようになった選手の1人だ。5年前に移籍して以来の主力ではあるが、エメリの監督就任を境に「守備的」の殻を破り、よりオールラウンドに貢献するセンターハーフ像が確立された。

効率重視の“エメリ流”を支える2人のキーマン

 もっとも、ボールの扱いに関しては「支配」よりも「効率」に重きが置かれるのが“エメリ流”だ。チーム得点数が伸びている要因でもある。基本は、縦に速い攻撃。ここで、パスに無駄のないマッギンが力を発揮する。快速の今季新FWムサ・ディアビとの呼吸も良好。カウンターで自ら持って上がり、パスを通したディアビが折り返して演出した前半アディショナルタイム2分のチャンスが好例だ。エリア淵の中央で合わせたティーレマンスのクオリティーからすれば、少なくともシュートが枠を捉えていて然るべきだった。

 さらに、前線のキーマンを挙げればオリー・ワトキンスになる。移籍4年目のストライカーは、外に開く習性を抑えるようにとするエメリの注文が奏功。今季プレミアでは、モハメド・サラー(リバプール)に続き、アーリング・ブラウト・ハーランド(マンチェスター・シティ)と2位タイの計18得点に直接関与している。この試合でも、限られてはいたがボールが来れば任務を遂行していた。

 チームが攻勢を強めた後半、6000人強のアウェー・サポーターたちが「ウナイ・エメリの赤紫&青色軍団!」と歌った終盤の展開もワトキンス絡みだ。ディアビからのラストパスを受けてのシュートは同28分。初めて自身に訪れたシュートチャンスで相手GKにセーブを強いている。その1分後、立て続けに右SBマティ・キャッシュがジョルジェ・ペトロビッチのセーブを呼んだチャンスの陰には、前線中央で粘り強くポストワークをこなしたワトキンスが生んだ「ため」があった。

 ポゼッション(43%)とパス本数(367本)ではチェルシーを下回ったが、枠内(5本)を含むシュート数(13本)では敵を上回っての無失点。ポチェッティーノ版チェルシーの4-2-3-1も、前線からの果敢なプレスと後方の安定感は身に付きつつあるが、チームとしての完成度はエメリ軍の4-4-2が上だ。FAカップ16強入りを懸けたホームでの再試合は2月第2週。アストン・ビラの現指揮官は、自信を覗かせている。「同じ要領で楽しませてもらう。ビラ・パークでのチェルシー戦も、決して楽ではないが良い試合になるだろう」と。

(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)



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山中 忍

やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。

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