鹿島エース鈴木優磨はハグに思わず苦笑い ポポヴィッチ新監督が掲げた“3か条”【コラム】
ムードメーカー安西により広がる笑顔…新監督の狙いを体現か
新体制下での初めてのトレーニングは、意外な光景で締められた。好天に恵まれた今月9日。茨城県鹿嶋市内の練習場にできた、鹿島アントラーズの首脳陣や選手たちによる輪が大爆笑とともに解けたからだ。
【PR】ABEMA de DAZN、明治安田J1リーグの試合を毎節2試合無料生中継!
いったい何が起こっていたのか。FW鈴木優磨によれば、初練習を締める声がけ役を担った、チームのムードメーカーでもあるDF安西幸輝が「最後のひと言で、いつも通りにふざけていたからです」という。
「みんなそれぞれコンディションがあると思うけど、俺たちはファミリーだ、みたいなことを(安西は)言っていました。ふざけていましたけど、何かしっかりと監督のあれをつかんでいましたね」
鈴木が言う「あれ」を「ハート」に置き換えれば、笑い声が起こった意味が良く分かる。今シーズンから鹿島の指揮を執る、セルビア出身のランコ・ポポヴィッチ監督が日々の練習でまず求めるのが笑顔。大役を果たした安西は、首脳陣の顔ぶれが一変した新体制下でもムードメーカーとして認知されたわけだ。
練習後に行われた囲み取材で、新指揮官は「私が選手たちに求めるのはまさに笑顔だ」とこう続けている。
「日々の練習で、選手たちには笑顔でピッチに来て、笑顔でピッチを後にしてほしい。もちろんトレーニングはハードなものになるけれども、その分、充実感と満足感を得ながら、笑顔とともにピッチを後にしてほしい。明日もまたトレーニングがしたい、という思いを抱いてもらいながら、選手たちには家路についてもらいたい」
笑顔で始まり、笑顔で終わる。練習開始前に全員で輪を作り、今後の方針を伝えた直後にも、ポポヴィッチ監督は人懐こい笑顔を浮かべながら鈴木にハグ。エースストライカーを驚かせ、そして苦笑させている。
ポポヴィッチ氏の就任…ファン・サポーターの反応は芳しいものではなかった
昨シーズンを5位で終えた直後に、クラブOBの岩政大樹前監督(現ベトナム1部ハノイFC監督)が退任。約2週間の時間を経て、母国セルビアのヴォイヴォディナ・ノヴィサドで昨夏から指揮を執っていたポポヴィッチ監督の就任が発表された。鹿島はノヴィサド側へ違約金を支払って、新監督を迎え入れた。
正式発表前にも、セルビア発の報道で同監督の就任が伝えられていた。もっとも、鹿島のファン・サポーターの反応は決して芳しいものではなかった。大分トリニータを皮切りにFC町田ゼルビア、FC東京、セレッソ大阪、2度目の町田の監督を務めながら、J1リーグの最高成績がFC東京時代の2013シーズンの8位だったからだ。
しかも、鹿島の強化を担当する吉岡宗重フットボールダイレクター(FD)は、大分の強化部強化担当だった2009シーズン途中に就任したポポヴィッチ監督と仕事をともにしている。大分は最終的に17位でJ2へ降格したが、指導体制が変わった後は持ち直し、最後の10試合を5勝5分けと無敗で終えた。
「残念ながら就任前の成績が響いて降格しましたが、ものすごくプレッシャーが懸かった状況ながら、短い時間のなかで戦術を落とし込み、非常に攻撃的でアグレッシブなチームを作った過程を私も直に見ていました。傾向としては攻撃面でのアップデートができる監督だと思っています。彼のやり方も分かっていますし、彼も私のことを分かっているので、いい相乗効果を生み出しながらチーム作りができると思っています」
ポポヴィッチ氏を新監督として招聘した理由を、吉岡FDはこう語っている。それでも、セレッソ時代はシーズン途中で解任され、最終的にセレッソもJ2へ降格した2014シーズンを含めた日本での実績の乏しさに加えて、吉岡FDのいわゆる“お友だち”に再建を託す人事が周囲を不安にさせているわけだ。
常勝軍団の復帰へ掲げるポポヴィッチ新監督の3か条
2016シーズンの天皇杯制覇を最後に、鹿島は7シーズンにわたって国内タイトルを獲得していない。Jリーグ最多の20冠を誇る、常勝軍団の復活を託す指揮官として果たして相応しいのか。懐疑的な視線が向けられていたなかで鹿島を始動させたポポヴィッチ新監督は、鹿島に注入していく3か条をまず掲げた。
最初が前出の「笑顔」であり、2番目が「勝者の意味を噛みしめる」となる。指揮官が続ける。
「勝者として目の前の1日1日を過ごしていく。勝者としての立ち居振る舞いをする。そして、勝者としてのプレーをする。それらを積み重ねていった先に、確固たるスタイルにつながる。今まで自分が仕事をしてきたクラブのなかでも、常勝軍団と呼ばれるだけの実績を持つ鹿島は特別だ。そういった勝者としてあるべき姿、といったところを意識しながら、日々のトレーニングに臨んでいきたいと思っている」
最後は2番目の延長線上にあると言っていい。それは「胸を張り続ける」ことだ。
「すべてを出し切った結果として、たとえ負けたとしても敗者としての姿を見せない。負けたとしても自分たちは勝者なんだ、というところを見せられるチームを作っていきたい。長いシーズンのなかで、もちろん難しい時期も訪れる。それでも、そこから逃げずに戦っていく。私自身、シーズン中に起こりうる批判にも真正面から立ち向かって自分の仕事をしていく。私にとっても、1つの新しいチャレンジになると受け止めている」
ポポヴィッチ監督自身、大分とFC東京を率いて鹿島と対戦した。結果は5戦5敗。総得点5に対して総失点15を数えた。セレッソ時代に唯一の初勝利を挙げているが、それでも鹿島に抱く畏敬の念は変わらない。
「鹿島は常に鹿島だと私は思っている。もちろん国内で最多のタイトル数を誇るクラブなので、優勝できなければ調子が悪い、力が落ちた、世代交代が上手くいっていないなどと指摘する方もいるかもしれません。しかし、私は決してそうではないと考えている。鹿島はいるべき場所にまた戻る、いや、戻れると思っています」
新監督が驚き「町の至るところに鹿島のエンブレムがある」
セルビアに家族を残して、今回は単身で赴任している。町田を率いた2022シーズン以来の来日を果たしてからまだ間もないが、限られた時間のなかで鹿嶋の町をゆっくりとながめて、初めて気がついた光景がある。
「町の至るところに鹿島のエンブレムがある。町と密接な関係が築けていて、町の人々も鹿島を情熱的に応援してくれている。サポーターのみなさんの期待は、すでに私にも十分に伝わっている。みなさんに満足してもらえるように、納得してもらえるように、そして支えてもらえるように、日々やれることを全力で、100%を出し切っていくことが一番重要であり、同時に我々自身が自分たちに期待することもすごく重要になってくる」
始動とともに掲げた3か条はメンタル面へのアプローチであり、チーム改革へ向けた第一歩にすぎない。ただ、初対面における“掴み”は最高だった。ポポヴィッチ監督へ抱いた印象を鈴木はこう語る。
「エネルギッシュな人っすね。すごくモチベーションに溢れていると思いました」
練習の合間や終了後のファン・サポーターへの対応で見せる陽気で気さくな性格に、必要ならば忌憚なく選手たちに接する熱さと厳しさを同居させる56歳のポポヴィッチ監督は、今後は昨シーズンも課題であり続けた攻撃面でのアップデートに着手しながら、メンタルとパフォーマンスの両方で鹿島を変貌させていく。
(藤江直人 / Fujie Naoto)
藤江直人
ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。