W杯予選シリア戦で浮き彫りになった地上波放送問題 サッカー界の損失と現状打破へ必要なこと【コラム】
「負けられない試合」でなければ、地上波は手が出しにくくなる
11月21日に行われた2026年北中米ワールドカップ(W杯)アジア2次予選の中立地開催シリア戦(5-0)で一番の問題になったのは、地上波テレビでの放送がなかったことだ。日本代表が中東の地で大勝する姿を、多くの人は見ることができなかった。2次予選の放映権は試合の主催国が持つため、今後も試合ごとに交渉が行われることになっており、シリア戦のように地上波では見られない可能性がある。
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最終予選も地上波での放送はどうなるか不明だ。2021年、スポーツチャンネル「DAZN」はアジアサッカー連盟(AFC)と2028年までの長期契約を結んだ。W杯アジア最終予選、男女アジアカップ、チャンピオンズリーグ(ACL)、フットサルや男女各年代のアジアカップなど、AFC主催大会の放映権を獲得している。
2022年カタールW杯アジア最終予選もDAZNが放映権を獲得しており、アウェー戦は独占配信だった。そのためW杯出場を決めたアウェーのオーストラリア戦は地上波で放送がなかった。
2026年の北中米W杯からはアジアの枠が4.5か国から8.5か国に増えた。そのため予選はますます楽なものに変わった。例えば、前回の2次予選は5チームずつの8グループに分かれ、上位1チームと2位のうち成績上位の4チームだけが最終予選に進むことができた。だが今回は4チームずつの9グループで、2位までに入れば次のステージに進むことができる。
出場条件が緩和されるということは、それだけ緊迫感がある試合は減るということだ。1994年アメリカW杯のアジア最終予選、「ドーハの悲劇」が生まれたのは、当時のアジア枠が2か国だったからだと言えるだろう。当時の最終予選進出は6か国。次回のW杯なら、その全チームが出場できる。
「負けられない試合」ではなく、「負けてもどうにかなる試合」では視聴率は見込めないはずだ。地上波は手を出しにくくなる。それでも見たい、という熱心なファンなら有料であっても飛びつくはずと考えたはしりが衛星放送だった。
サッカーが気軽にテレビで見られないものになる危険性
1990年代、イギリスでは有料テレビ局の「BスカイB」がプレミアリーグの放送権を取得して独占放送を行った。そのためプレミアリーグは潤ったのだが、当然視聴できない人たちも出てきた。そのため、1996年にイギリス政府は放送法を改正し、W杯や欧州サッカー連盟(UEFA)の決勝トーナメントやウインブルドンなどについては有料テレビ局の独占放送を禁止した。
日本でも同じように「ユニバーサル・アクセス権」を主張して地上波でも放送できるようにしてほしい、という考えもあるだろう。「ユニバーサル・アクセス権」があれば放送権料を抑えられるのではないかという期待もある。無料で放送しなければならないので、放送権に大金は出せないということが明らかだからだ。
だが、日本はこの1990年代のイギリスよりも前の段階だと言える。果たしてW杯予選が地上波で観られないからと大騒ぎになるのだろうか。国民の多くが困ったり怒ったりするのだろうか。そういう状況になればいろいろな主張もできるのだろうが、現時点では無理だ。
となれば、もっとも現実的なのはAFCが2次予選でも放映権を管理し、各国がきちんと自国の試合を放送できるようにすることだろう。あるいは2次予選では相互の国がきちんと放送できるようにAFCがリードすることが必要だ。日本サッカー協会(JFA)はこれまでもAFCに働きかけてきたようだが、今後はさらに話し合いを煮詰めなければならない。
そうでなければ、ますますサッカーは気軽にテレビで見られるものではなくなっていく。2024年1月から2月にかけて開催されるアジアカップについてはテレビ朝日が放送を決めたものの、最大で4試合だけ。A代表が出場するアジアカップでも4試合なのだから、アンダー世代ではどんな熱戦があっても地上波の放送は難しくなるだろう。
来年開催のU-23アジアカップも危険!?
例えば2024年のU-23アジアカップだ。16チームが4チームずつの4グループに分かれて争い、各グループ2位までのチームが決勝トーナメントに進み、上位3チームは自動的に2024年パリ五輪への出場権を獲得。4位のチームは出場権をかけてアフリカサッカー連盟加盟国とのプレーオフを争う。
グループBに入った日本は、韓国、アラブ首長国連邦(UAE)、中国と戦うことになった。過去、五輪予選で韓国と戦った日本は、いつも死闘を繰り広げてきた。
古くは1968年メキシコ五輪のアジア予選では3連勝同士で迎えた1戦は、日本が前半2点のリードを奪うものの後半に追いつかれた。それでも釜本邦茂が3点目を奪って突き放したかに見えたが、2分後にはまたも同点にされてしまう。試合終了間際に丁炳卓のシュートがクロスバーを叩いたものの決まらず、激闘は3-3の引き分けとなった。結局、日本は初戦のフィリピンから奪った15点という大量得点がモノを言い、得失点差で本大会出場を果たしている。
その後は1972年ミュンヘン五輪予選では1-2、1976年モントリオール五輪予選では0-2と2-2、1980年モスクワ五輪予選で1-3、1992年バルセロナ五輪予選では0-1と苦杯をなめ続け、五輪本大会出場も果たすことができなかった。28年ぶりに五輪出場を決めた1996年アトランタ五輪のアジア最終予選では、本大会出場を決めたあとに韓国と対戦し、そこでも1-2と敗れている。
だが、2000年シドニー五輪、2004年アテネ五輪、2008年北京五輪、2012年ロンドン五輪ではアジア予選で対戦しなかった。2016年リオ五輪は本大会出場を決めたあとの決勝戦で対戦。2点を先制されるものの浅野拓磨と矢島慎也のゴールで追いつき、最後は再び浅野が決めて3-2と勝利を収めている。また、本大会で顔を合わせたのは2012年ロンドン五輪の3位決定戦で、日本は0-2と敗れて4位になった。
今回、日本は韓国と同組になったため、両国とも決勝トーナメントに勝ち進んだ場合、決勝戦または3位決定戦で対戦する可能性がある。1996年や2016年のように決勝で顔を合わせることになれば両チームとも本大会出場を決めているということになるが、万が一3位決定戦で戦うようなことになれば、勝者は本大会へ、敗者はプレーオフへと回るという厳しい一戦になる。
今年の杭州アジア大会で、U-22日本代表はU-24韓国代表(オーバーエイジ含む)と対戦して1-2と敗れた。もっとも、2022年6月のU-23アジアカップでは韓国を3-0と退けており、U-23同士で戦う2024年U-23アジアカップで決して不利な立場ということではない。激しい戦いを見せてくれるに違いないだろう。
これほど面白そうなゲームだが地上波で見られない可能性は高そうだ。激烈なゲームがサッカーに対する関心を呼び起こす。その放送のために、JFAにはさらに頑張ってほしい。
(文中敬称略)
森 雅史
もり・まさふみ/佐賀県出身。週刊専門誌を皮切りにサッカーを専門分野として数多くの雑誌・書籍に携わる。ロングスパンの丁寧な取材とインタビューを得意とし、取材対象も選手やチームスタッフにとどまらず幅広くカバー。2009年に本格的に独立し、11年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌で開催された日本代表戦を取材した。「日本蹴球合同会社」の代表を務め、「みんなのごはん」「J論プレミアム」などで連載中。