W杯優勝国の落日…世界中が恐れたドイツ代表の「らしさ」はどこへ? 「美徳を取り戻す」道のりは険しく多難【現地発】

不振から抜け出せないドイツ代表【写真:ロイター】
不振から抜け出せないドイツ代表【写真:ロイター】

ドイツのドイツたるゆえんは「ゲームコントロールとオフェンスの強さ」なのか?

「自分たちの強さをまた出せるようにならないと。それはゲームコントロールとオフェンスの強さだ」

 ドイツ代表のユリアン・ナーゲルスマン監督はウィーンの地でオーストリア代表に0-2で敗れたあと、そう口にしていた。

 自分たちの強さを最大限生かすというのは大事だ。しかし、ドイツ代表においての強さというのは、本当に「ゲームコントロールとオフェンスの強さ」なのだろうか。それがドイツのドイツたるゆえんだったのだろうか。

 ここ最近、「ドイツの美徳を取り戻す」という表現をよく聞く。代表戦後の記者会見で監督が話すことがあれば、記者からもその視点で質問が飛ぶ。ミックスゾーン(取材エリア)では選手がそんなことを語る。

 ドイツサッカー協会の指導要綱にも「現代に合った形に順応させながらも、自分たちが培ってきた美徳を大切にしなければならない」というのはある。

 その美徳とされているはずのものと、このゲームコントロールとオフェンスの強さというものが、どうにも噛み合っていない気がしてならない。

 確かにドイツ代表にはオフェンスで力を発揮できる選手が多い。資質を考えたらワールドクラスの選手に成長できると思われるほどのタレントがごろごろいる。

 MFフロリアン・ビルツ(20歳/レバークーゼン)、FWジャマル・ムシアラ(20歳/バイエルン・ミュンヘン)、MFカイ・ハフェルツ(24歳/アーセナル)、FWレロイ・サネ(27歳/バイエルン)、MFヨシュア・キミッヒ(28歳/バイエルン)。それこそ、UEFAチャンピオンズリーグ(CL)決勝プレー歴がある選手だけでスタメンが組めるくらいの選手層があるのだ。

 ただ、それが「ドイツらしさ」につながっているのか。

 元オーストリア代表DFで、フランクフルトでも活躍したマルティン・ヒンターエッガーが、このドイツ戦前にこんなことを言っていた。

「現時点でドイツ代表はトップネーションではない」

かつて際立っていたドイツ代表の「徹底さ」と「強引さ」

 世界中のサッカー人が恐れて、忌み嫌い、そしてリスペクトしていたドイツらしさとは、「徹底さ」と「強引さ」だったと思うのだ。相手チームをこれでもかというほど研究し、相手の動きをすべて把握しながらプレーする。たとえそこを突破されても相手を自由にさせない密着守備で攻撃を無効化してしまう。

 1990年ワールドカップ(W杯)決勝の西ドイツ対アルゼンチン戦(1-0)で、あのアルゼンチン代表MFディエゴ・マラドーナを無力化したギド・ブッフバルトは、マラドーナの特徴がまとめられたビデオを擦り切れるまで見ていたという。どんなプレーを嫌がり、そこから逃れるためにどこへボールを置こうとするのかが完全に頭と心と身体にインプットされていた。

 今はそうした相手チームへの徹底研究が少ない印象を受ける。きっかけは、やはりドイツ代表が優勝した2014年W杯だろうか。当時分析スタッフチーフだったシュテファン・ノップに話を聞いた時、「相手チームをどうするかではなく、自分たちのプレーをどう効果的に出せるようにするかが重要」と話していたのを思い出す。

 確かに14年は上手くいった。上手くいけるだけのベースもあった。でも今は違う。

 オーストリア戦でも、相手がどんなプレーをしてくるか準備してないかのようなポジショニングやリアクションがあったのが気がかりで仕方ない。見て、気づいてから、次のプレーに移るから、どんどん後手になる。

 1失点目もオーストリアDF陣からのロビングボールをFWミヒャエル・グレゴリッチ(フライブルク)がヘディングで落とし、そこからの流れでパスを受けたMFマルセル・ザビッツァー(ボルシア・ドルトムント)が見事なドリブルからのシュートでゴールをこじ開けたのだが、このロビングボールが出た段階で、ドイツの中盤は足を止めてボールの行方を見ていた。ヘディングで落とされたのを見て慌てて対応しようとしたが遅すぎるし、スペースがぽっかり状態だ。これでは勝てない。

本質を突くドイツ代表SDの言葉「情熱がどうこうという話はしたくないが…」

 守備の不安定さこそが最大の問題と気づいているのだから、そこへの着手が徹底的に行われなければならない。それこそ組織守備に定評があったウニオン・ベルリンのウルス・フィッシャー元監督を招集して、守備における優先順位と選手に求める役割整理に力を貸してもらうぐらいやったほうがいいのではないかとさえ思うのだ。

 ドイツ代表のスポーツ・ディレクター(SD)、ルディ・フェラー氏の言葉が本質を突いている。

「結果が問題ではなく、むしろその内容が問題だ。納得できるものではない。相手が嫌がることをするというドイツの強さがない。情熱がどうこうという話はしたくないが、ダイナミックな動きや感情的なものがないと、どんな相手にも難しい」

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中野吉之伴

なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)所得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなサッカークラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国への現地取材を精力的に行っている。著書『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。

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