町田のサッカーはJ1で通用するのか “J1昇格後”を見据えていたシーズン中の練習の狙い【コラム】

J1昇格&J2優勝を成し遂げた町田【写真:(C) FCMZ】
J1昇格&J2優勝を成し遂げた町田【写真:(C) FCMZ】

興味深かった試合3日前のスキル向上を目指した練習内容

 J1昇格の懸かる10月22日のアウェー・ロアッソ熊本戦を前に、FC町田ゼルビアのトレーニングを見学した人は苦笑したのではないだろうか。

 ピッチ上でうしろから組み立てて相手の偏りを作り、どう突破するかという練習をやっていた。だが、相手は大木武監督率いる熊本。しっかりとしたボールキープからパス交換で組み立ててくるはずだ。しかも、“信念の人”大木監督が町田対策としてやり方を変えるはずもない。

 今回は簡単に前線へ目掛けてボールを放り込み、相手のリズムを崩せばいいのではないか。オーストラリア代表から戻ってきたミッチェル・デュークもいることだし、駒は足りる。となると、この練習は熊本が視察していることを見越して、敢えて試合ではやらない戦い方を見せているのだろう——。

 ところが試合が始まると、ミッチェル・デュークが出場したのは後半34分。途中では丁寧につないで攻撃するスタイルを見せた。裏の裏をかいたのかもしれないが、戦い方を変えた、あるいは変えられた、ということについては注目すべき別の点がある。

 今年、町田のトレーニングはとても興味深いものだった。

 金明輝コーチが仕切りつつ、黒田剛監督が時折ポイントを説明する。シーズン途中からは非公開になったものの、最初は前日を除くとすべてのトレーニングが公開されており、試合前々日の対戦相手の特徴に合わせた戦術も調整も見ることができた。

 相手がどう攻めてくるか、そこをどう守るか、また相手のどこに突くべき弱点があり、そこをどう攻略するかがコンパクトにまとめられて選手に説明されていた。その内容を念頭に置きつつ試合を見ることができたので、戦略や戦術の的確さがハッキリと確認できた。

 だが、より面白かったのは試合の3日前の練習だったと言える。対戦相手を意識しつつも、自分たちのスキルをどう向上させていくかというトレーニングで、ディテールにこだわった説明が加えられていた。

 例えばディフェンスラインから攻撃を組み立てる時、センターバックが何気なくサイドバックにパスするとストップがかかる。そしてパスの出し方について「そのやり方では必ずサイドが詰まる」という指摘があり、なぜそうなるのか選手を動かしながら示してみせる。そしてサイドで詰まらないためのパスの出し方を2回やらせて、そこから次のプレーに移っていった。

非公開の練習試合を含め、今季J1クラブに負けたのは天皇杯ベスト16の新潟戦のみ

 試合3日前の練習ではサイド攻略の方法論、クロスへの入り方など、その週によってポイントは違うのだが、試合のパーツごとに整理されていく。

 守備についても同じだった。このフォーメーションならどこにボールを入れられるとピンチになるのか、どうすればそんなピンチの状態になるのか、そしてそのピンチの状態からどうやって守るのか、取材で見ているほうも勉強させられる日々だった。

 さらに面白かったのは、実は試合になるとそんなトレーニングの内容を否定するかのような戦い方をすることだった。

 ただ1つ、いつもトレーニングと同じだったのは、前線からプレスをかけ続けること。だがボールを奪ったあとの考え方が違う。ボールを動かして相手の守備に綻びを作り、そこを徹底して突いていくよりも、単純に前線目掛けてボールを送り込む。徹底したリスク排除を考えて、センターバックからつないでいく戦い方は影を潜めていた。「やれる」のに「やらない」のだ。

 そんな町田が、実は「やれる」ことを見せた試合がある。7月12日の天皇杯3回戦、横浜F・マリノス戦のこと。町田は前線からプレスをかけてボールを奪い、ショートカウンターを仕掛けて4-1と勝利を収めた。その試合では逆襲速攻はもちろん、パスワークで前年度J1リーグ王者に対抗した。

 横浜FMがターンオーバーをしていたということも、勝因の1つだったのは間違いない。だが町田もメンバーを入れ替えており、チーム内得点王だったエリキは休ませていた。つまり多くのメンバーがスキルアップしており、戦術が浸透していたと言えるだろう。

 結局、町田は天皇杯ベスト16でアルビレックス新潟に敗れるのだが、今年の非公開だったトレーニングマッチ6試合も含めて、J1チームに負けた唯一の敗戦だったという。

町田は「昇格したあと」も考えてトレーニングを実施

 これが何を意味するか。実は、町田はシーズン当初からJ1昇格以上のことを考えながらトレーニングを積んでいたのではないか。J1のサガン鳥栖を率いていた金コーチの知見を生かしながら、「昇格すること」を達成するための戦いと同時に、「昇格したあと」を考えていたように感じられる。

 この考えはあながち間違っていないのではないか。というのも、8月19日にエリキが負傷してしまった時よりもかなり前の段階で、チーム関係者はすでに海外へと渡り、来シーズンの戦力獲得に向けて動き出していた。新戦力の獲得は、最初に動画でチェックし、そののち現地で実際のプレーを見ることが多いので、シーズンの早い段階から具体的なピックアップが進んでいたことが分かる。

 今年、「町田のサッカーがJ1で通じるか」と何度か尋ねられることがあった。あまりにリスクを排除した単純な攻めが、個々の技術が高いJ1チームを相手にすると通じないのではないかという質問だった。

 今年の町田の戦術だったら、確かに苦しいだろう。だが、実は別の顔も持っていることは知っていたほうがいい。

 黒田監督は「我々のやりたいサッカーは、なんでもできるサッカー」「状況によって我々のやるサッカー、またはメンツによってやるサッカーは変えていかなければならない」だと言う。

「J2で優勝する、またはJ1昇格する時に、理想的なサッカーをチョイスすることが果たして的確なのかどうか。相手の嫌がることを指向し、それが表裏一体の形で自分たちの攻撃につながる形を形成していったほうが勝ち点を取りやすくなる。理想に近づけるのはJ1に行ってからやればいいんですよ」

 黒田監督は「町田は蹴り込んで、非ポゼッション型のチームと見ている人はいるかもしれないけど、考え方としては甘い」と自信を見せる。

 もっとも町田にしたら、相手が侮ってくれたほうが戦いやすいのだろう。金コーチが鳥栖を率いていた時、「勝てる」と豪語していた相手はことごとく痛い目に遭った。同じことが町田でも起きそうだ。

(森雅史 / Masafumi Mori)



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森 雅史

もり・まさふみ/佐賀県出身。週刊専門誌を皮切りにサッカーを専門分野として数多くの雑誌・書籍に携わる。ロングスパンの丁寧な取材とインタビューを得意とし、取材対象も選手やチームスタッフにとどまらず幅広くカバー。2009年に本格的に独立し、11年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌で開催された日本代表戦を取材した。「日本蹴球合同会社」の代表を務め、「みんなのごはん」「J論プレミアム」などで連載中。

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