なぜチャナティップは愛されたのか 札幌広報が明かすキャラクターと影の努力、“日本愛”【インタビュー】

2017年1月に加入会見を行ったチャナティップ【写真:(C)2017 CONSADOLE】
2017年1月に加入会見を行ったチャナティップ【写真:(C)2017 CONSADOLE】

4年半をともに過ごした札幌広報の井藤拓矢氏を直撃

 Jリーグの歴史を語るうえで、外国籍選手の存在は欠かせない。プレーヤーとしての実力はもちろんのこと、日本の生活や文化に馴染もうと努め、活躍につなげた例は多い。「FOOTBALL ZONE」では、「外国籍選手×日本文化」の特集を組むなかで、北海道コンサドーレ札幌の広報を務める井藤拓矢氏に、多くの人々に愛されたタイ代表MFチャナティップのエピソードを訊いた。(取材・文=FOOTBALL ZONE編集部・小田智史)

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 2017年1月、札幌市内で行われたチャナティップの加入会見には、母国のタイからも多くのメディアが駆け付け、“タイのメッシ”の人気度の高さを窺わせた。同年7月から日本でのプレーをスタートさせたなかで、当然、言葉の壁はあった。それでも、チャナティップは、持ち前の明るい性格と努力を重ねることにより、すぐにチームに溶け込んだと札幌広報の井藤氏は回想する。

「チャナティップ選手は日本に来た時、日本語は全く分からなかったです。(ユースから生え抜きの)深井一希選手は、チームに、日本に溶け込ませようという思いやりから、よく外国籍選手に話しかけていますけど、チャナティップ選手は彼とも仲が良くて、選手たちがよく使う日本語を教えてもらって復唱したり、トレーニングが終わったあとに日本語を話せるタイ人の方と勉強していました。

 テレビ取材で、『最後の締めは日本語でお願いします』と振られても、日本語で自己紹介したり、『いつも応援ありがとうございます!』『一緒に頑張りましょう!』と自分から発するようになったので、日本を大好きでいてくれると同時に、少しでも早く馴染もうという姿勢が最初から見えました。(2021年限りで)コンサドーレを離れる頃には、すらすらは話せないにしても、僕らが言っていることはほぼ理解していました。『明日、取材よろしく』『やだ(笑)』みたいなやり取りをしましたね(笑)。

 コンサドーレは、チームとして和気あいあいとしていて、年齢が下の選手から上の選手まで、冗談を言うようなスタンス。もちろんチャナティップ選手も落ち込む時は落ち込みますけど、お茶目なキャラクターがチームの雰囲気とマッチしていたので、トレーニングの合間にチームメイトにいたずらをしたりしていました」

テレビ出演前に通訳のティワーポンさんと【写真:(C)2020 CONSADOLE】
テレビ出演前に通訳のティワーポンさんと【写真:(C)2020 CONSADOLE】

THE HIGH-LOWSの人気曲「日曜日よりの使者」の歌詞をマスター

 傍から見て、言葉以外に日本で苦労していると感じたことには、食事があったという。

「通訳のティワーポンさんから聞いた話ですが、チャナティップ選手は(食べ物の)好き嫌いが激しかったみたいです。寿司ばかり行ったり、焼肉ばかり行ったり(笑)。今在籍している(タイ代表MF)スパチョーク選手は好き嫌いなくなんでも食べると言っていたので、それに比べると食べられないものが多かったようですけど、北海道名物のジンギスカンは大好きでしたね。ロケでお店に行った時に、『美味しい、美味しい』とたくさん食べていました」

 チャナティップは大のコーヒー好きで、オフにはよくカフェ巡りをしていたと井藤氏は話す。

「あるオフの日、北海道神宮という神社もある円山公園近くのコーヒー屋さんでばったり会ったことがありました。チャナティップ選手の家からは少し離れていたので理由を訊いたら、街中だけど自然がある空間を眺めながらゆっくりとリラックスしてコーヒーが飲めるから、休日にはここに来ていると言っていました。通訳のティワーポンさんもスポットを巡るのが好きな方なので、一緒に車で出かけてリゾートホテルに泊まったり、東京へ旅行にも行っていましたね。ティワーポンさんとは、夕飯とかどこに行くのも一緒でした」

 選手と広報という間柄、一緒に過ごす時間は練習場やクラブハウス、試合会場が大半だが、Jリーグの企画で一緒に大倉山を訪れたこと、そして日本語の歌を覚えて口ずさんでいたことは、井藤氏の中でも印象深いエピソードだという。

「練習場(宮の沢白い恋人サッカー場)から20分くらいのところに大倉山という場所があって、Jリーグさんの企画で行きました。いつもはクラブハウスでしか会わないなかで、スキーのジャンプ台を見て感動しているリアクションを見て、連れてきて良かったなと思いました。あと、チャナティップ選手は家でギターを弾いていたくらい、音楽と歌が好き。チームメイトから『日曜日よりの使者』(THE HIGH-LOWS)の歌詞を教わって、それがもう頭から離れなくなって、『このまま どこか遠く 連れていってくれないか~』とずっと歌っていたということもありましたね(笑)。歌も日本語の勉強の一環だったのかなと、今振り返れば思います。

 ミシャさん(ミハイロ・ペトロヴィッチ監督)は、裏方さんへの感謝を忘れずに、と普段から言っているんですけど、チャナティップ選手がタイ代表の活動を終えて帰ってきた時に、タイ代表のユニフォームをプレゼントしてくれたことがありました。選手分だけでなく、チームスタッフ、そして僕ら広報にまで『トモダチ、トモダチ』と配ってくれて。これもチャナティップ選手の印象深いエピソードの1つです」

2017年の空港到着時の様子【写真:(C)2017 CONSADOLE】
2017年の空港到着時の様子【写真:(C)2017 CONSADOLE】

チャナティップは「誰とでも対等に話をしてくれる誰もが好きになるような人」

 チャナティップと言えば、6月21日に川崎フロンターレから母国タイのBGパトゥム・ユナイテッドFCへ完全移籍することが決まったなかで、6月24日にJ1リーグ第18節・札幌対セレッソ大阪戦(1-4)が開催された札幌ドームを電撃訪問。「みんな友達。ここは温かい。チャナ本当に嬉しい。ありがとうございます。最後に、(同胞の)スパチョークをよろしくお願いします。みなさん、なまらありがとう!」と、古巣のファン・サポーターに向けた日本語のスピーチが感動を呼んだ。当初は、スピーチをする予定はなかったと井藤氏は明かす。

「試合の数日前に、通訳のティワーポンさんから『チャナティップが試合に来たいと言っている』という話をもらって、フロンターレさんといろいろ確認をさせてもらいました。フロンターレさんが言ってくださったのは、『日本の中で、コンサドーレのチャナティップという認識がありますよね』と。いろんな条件があるなかで、心の広いフロンターレさんがOKしてくださって、来場が実現しました。当日、会ったらチャナティップがハグしてくれて、また会えた嬉しさと、もうタイに戻ってしまうんだという悲しさと、半分半分でした。本当はスピーチする予定ではなかったんです。ただ、スピーチをしてもいいとフロンターレさんは言ってくださっていました。スタジアムに来る途中の車内で、深井選手と日本語でのスピーチを練習してきていたみたいです」

 2016年から札幌の広報を務める井藤氏にとって、チャナティップは思い入れのある選手の1人だ。

「チャナティップ選手は明るくて優しい、誰とでも対等に話をしてくれる、万人が好きになるような人。2018年、キャンプを経て札幌に戻ってきた時に、チャナティップ選手指名の取材が毎日のようにありました。少し話かけようとしたら、取材を頼まれると察して、第一声で『やだ』と(笑)。もちろん嫌な顔を一切見せず、いつも通りの親しみやすいチャナティップ選手ですべてに対応してくれました。『お疲れ』と声をかけたら、逆に『ありがとう』と言ってくれたり。僕ら広報のことまで気にかけてくれるところが、チャナティップ選手がよく周りが見えていて、みんなに愛される所以なんだと感じました。僕の中でも思い入れが強い選手の1人です」

 チャナティップはタイに戻った今後も、きっと日本を愛し続けてくれることだろう。

[プロフィール]
チャナティップ・ソングラシン/1993年10月5日生まれ、タイ出身。BECテロ・サーサナFC―ムアントン・ユナイテッドFC(ともにタイ)―札幌─川崎―BGパトゥム・ユナイテッド(タイ)。J1通算133試合14得点。身長158センチと小柄ながら、テクニックを生かした巧みなドリブルで攻撃を活性化するアタッカー。2018年には、東南アジア出身選手初のJリーグベストイレブンに選出された。弾けんばかりの笑顔と、その明るいキャラクターで、日本でも多くの人々から愛され続けている。

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