不屈の原輝綺、「やっと…」に滲む努力 欧州リーグで直面した苦難、去就は「まだ分からない」【現地発コラム】

グラスホッパーでのシーズンを終えた原輝綺(写真は清水在籍時)【写真:Getty Images】
グラスホッパーでのシーズンを終えた原輝綺(写真は清水在籍時)【写真:Getty Images】

清水からスイス1部グラスホッパーへ移籍、加入直後に肩の負傷で戦線離脱

 2022年12月に清水エスパルスから半年間のレンタル移籍でスイス1部グラスホッパーに加入した原輝綺。加入直後に肩の負傷で数週間の離脱を余儀なくされるなど苦しんだが、最終節のバーゼル戦では右ウイングバック(WB)としてスタメンに名を連ねていた。

「やっと」

 試合後のミックスゾーンで原はじっくりと言葉を選びながらそう呟き、そして思いを口にした。

「怪我明けでやっと(コンディションが)戻ってきたかなと。まだ6~7割ぐらい。でもやっとここまで戻ってきた」

 冬の欧州移籍はそもそも簡単なものではない。チームとしての骨格がほとんど出来上がっていることが多く、チーム状況を好転させるための起爆剤的な役割や弱点を補うピンポイント補強が期待される。新加入選手は即座に順応・適応が求められるし、そのための試用期間は決して長くない。

 加えて海外初挑戦。言葉、文化、習慣が異なるなかで自分らしくプレーするのは極めて困難だ。ただでさえ大変なのに、さらには負傷という追い打ちにも遭ってしまう。それでも原は折れなかった。

 最終節の相手はスイスの強豪バーゼルとのアウェー戦。勝てばバーゼルを逆転し、5位でUEFAヨーロッパカンファレンスリーグ(ECL)出場権を手にできるという大事な一戦だ。その試合で原がスタメンで起用されたことには大きな価値がある。

「そうですね、自分で言うのもなんですけど、かなり労力を使ったし、ストレスだってあった。怪我が明けてから自分のコンディションもすごい落ちていたのには気づいていた。筋力も落ちていたので頑張って、練習後に取り組んだりして、やっと『ここ』なんで。怪我すると、コンディションを戻すのに時間がかかるなと思います。それにこっちはよりね、選手のレベルも高いし、強度も高いですから」

攻守で見せた順応の成果、印象的だった「なんで走りこまないんだ!」のジェスチャー

 右WBに入った原は、相手サイドバック(SB)のオーバーラップをケアしながら、対峙するFWの動きにも冷静に対応。相手との距離感には順応の成果を見せる。

 いつでも飛び込んでボールにアプローチできる距離、相手が心理的プレッシャーを感じる距離を探りながら、ポジショニングを巧みに調整。自分サイドの相手にボールが入ると一気に距離を詰めて激しい守備を見せる。距離を取って待つという局面が少なく、それでいて不用意に飛び込んでかわされるシーンもない。

 攻撃でもタイミングのいいオーバーラップでパスを引き出し、ゴール前に惜しいパスを入れていく。前半にはゴール前に鋭いグラウンダーのパスを入れたものの味方選手が反応せず、シュートに結び付かないシーンがあった。

「チームとしてもやってたので、1人FWがニアに突っ込んで来てほしいっていうのがあって、それを信じて出して。自分的にはあそこが一番空いていたので、1人は入ってきてほしかったなと」

 惜しいプレーをしたという以上に、味方が走り込まないのを見た原が、両手を大きく動かしながら、「なんで走りこまないんだ!」というジェスチャー交じりにコミュニケーションを取っていたのが印象的だ。ピッチ上ではこうしたボディランゲージによるコミュニケーションも重要で、そうしたやり取りができるようになっているのは、確かな成長と言えるだろう。

 後半途中からは左SBにポジションを変更し、精力的にオーバーラップを繰り返しながら攻撃の起点を作ろうと奮闘。最終的に1-3でチームは敗れたが、フル出場には大きな意味がある。

レンタル移籍期間が終了「ほかのチームに行くのかもしれないし、まだ分からない」

 グラスホッパーへのレンタル移籍期間が終了したなか、今後どうなるかまだ分からないと本人は語る。

「まだちょっと待ってほしいという話ではあるんです。ほかのチームに行くのかもしれないし、そこはまだ分からないです。とりあえずどっちに転んでも、全然後悔はないです。最後に90分、みんなでできたので良かったです」

 90分を通して強豪バーゼル相手にアグレッシブなプレーを披露した原のコンディションが、まだ「6~7割くらい」だとしたら、状態が100%近い原のプレーを欧州でぜひ見てみたい。SBはどこも人材難だ。攻守のバランスが取れて、攻撃で起点を作れる選手の希少価値は高い。

「とりあえず痛いところを治して、治しつつ筋力だったり、持久力の部分もなるべく落とさないように工夫しながら、次が決まるまでやりたいなと思います」

 欧州の半年間で掴んだ感触をキープしつつ、次の挑戦に向けて英気を養ってほしい。

(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)



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中野吉之伴

なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)所得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなサッカークラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国への現地取材を精力的に行っている。著書『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。

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