三笘薫は「そのものが立派な戦術」 プレミア1年目でクラブの“顔”… 英国人のハートを掴んだ圧倒的な質と輝き【現地発】

プレミア1年目で全国区の知名度を得た三笘薫【写真:Getty Images】
プレミア1年目で全国区の知名度を得た三笘薫【写真:Getty Images】

【対談前編】成績以上の存在感で“全国区”になった三笘薫

 2022-23シーズンの欧州サッカーも、日本人選手が各地で躍動した。「FOOTBALL ZONE」ではそんな侍たちの活躍ぶりに焦点を当て、「海外組通信簿」と題し特集を展開。なかでもプレミアリーグ挑戦1年目ながらとりわけセンセーショナルな輝きを放ったブライトンの三笘薫は、最大のトピックと言えるだろう。そんな三笘のプレミア初年度を総括するべく、現地在住のベテラン日本人ライター2人、森昌利氏と山中忍氏による対談を実施。その内容を2回にわたってお届けする。前編では、三笘が見せた“成績以上の存在感”について深掘りする。

   ◇   ◇   ◇

森 今季のプレミアリーグもいろいろあった。上位陣だとマンチェスター・シティの3連覇、アーセナルの優勝争い、エリック・テン・ハフがマンチェスター・ユナイテッドを再建し、ニューカッスルが台頭。その一方でリバプール、トッテナム、チェルシーの凋落が起こった。そして7年前に岡崎慎司を追って“奇跡の優勝”を目撃させてもらったレスターの降格も。そうしたなかでもブライトンの6位は、ある意味で大きな“事件”だったと思う。ブライトンは昨季ポッター監督の下で9位になって注目されたけど、それまでは常に残留争いに巻き込まれていたチーム。それが今季は6位と大きく躍進した。

山中 プレミアに上がって来た頃のブライトンは、ファンも“スタイル”を求めていませんでした。もうとにかく、プレミアで勝てるだけで嬉しい。大体、ホーム・グラウンドが決まっただけでも嬉しかったわけで(2011年から現在のファルマー・スタジアムに定着)。ところが、今季は6位でUEFAヨーロッパリーグ(EL)出場権も獲得した。本当にこれは僥倖と言っていい成績ですよ。

森 クリス・ヒュートンが監督だった2019年まで、ブライトンは完全なドン引きで戦う超守備的チームだった。それがポッターになってゴールを奪うチームに変革されて、今季の前半にペップ・グアルディオラを信奉しシャフタール・ドネツク(ウクライナ)を攻撃的なサッカーで率いたロベルト・デ・ゼルビが引き継いで、さらにエキサイティングなチームになった。そうしたチームにあって、三笘は最終的に(リーグ戦で)7ゴール5アシストの成績を残している。その結果、ファンならその名を知らない人がいないほど、サッカーの母国であるこの国で“全国区”と呼べる存在になった。

山中 そうですね。森さんが「全国区の選手になった」って言いましたけど、まさにその通り。ブライトンのサポーターはもちろん、一般の英国人までが「Mitoma」という名前を覚えて、ちゃんと我々日本人にも「みとま」と聞こえるように発音できている。レスターが優勝した時に岡ちゃん(岡崎慎司)がしっかり貢献して、日本人選手としてはかなりその存在感がイングランドで浸透しましたけど、レスター・サポーター以外となると「Okazaki」の名前が出てこない。「あの日本人のストライカー」みたいな呼び方になる。だけど、三笘はちゃんと「Mitoma」と名前で呼ばれて認知されています。

森 例えば、英公共放送「BBC」の国民的ハイライト番組「マッチ・オブ・ザ・デイ」やBBCウェブサイトのサッカーページでブライトン関連のニュースに三笘の写真が使われる頻度がすごく高かった。それにユナイテッドと対戦したFAカップ(杯)準決勝のマッチ・デイ・プログラムは両面表紙の体裁でユナイテッド側の表紙が(マーカス・)ラシュフォードだった一方、ブライトン側は三笘。まさに“クラブの顔”になった。

山中 本当ですね、「マッチ・オブ・ザ・デイ」でも個別に名前を挙げられることが多ったように思います。僕の自宅は西ロンドンにあるんですけど、最近、犬の散歩をしていると近所の顔見知りの子供たちから三笘のことをよく聞かれるんです。

 面白いのは英国で三笘の露出度が増えたせいか、こっちの子供たちが「Mitoma」という名字が日本ではメジャーだと勘違いしていること。「ほかに日本でMitomaという名前の有名人がいる?」なんて尋ねてくる(笑)。「珍しい名前なんだよ」って教えると、「そうなのかあ」と言うんですけど、なんだか納得がいかない顔をしている(笑)。そのくらい英国で日常的に耳にするようになったから、「日本人=三笘」と思ってしまうくらい、こちらの子供たちの脳裏にもその名前がしっかり刷り込まれた。

アーセナル戦ではベン・ホワイトを手玉に取った【写真:ロイター】
アーセナル戦ではベン・ホワイトを手玉に取った【写真:ロイター】

ラスト3分の1でのクオリティーがプレミアのファンをうならせた

森 それはやっぱり、成績以上の存在感を見せたからだと思う。本当にプレースタイルが際立っていた。プレミアのファイナルサードってインテンシティが非常に高い。攻撃的な選手はあのエリアでどうにかして相手の守備を打ち破ろうとするけど、フィジカルに優れた守備の壁を個人技で打ち破れる選手となるとなかなかいない。

 ところが三笘は今季、個人技で状況を打開できる希少な選手であることを証明した。あの難しく厳しいエリアで自分の形を何度も作っていたんだから。とくに年が明けてリーグ戦とFA杯4回戦でリバプールとの対戦続いた頃の切れ味はものすごかった。(トレント・)アレクサンダー=アーノルドなんて全く歯が立たなかったし、これは話題になったね。

 1対1で相手の右サイドバック(SB)と対峙してからゴールライン方向に鋭く切り返すと、一瞬にしてトップスピードに達し、相手を置き去りにして得意の右足アウトサイドでゴール前に危険極まりないクロスを送るといったプレーも披露する。サウサンプトン戦(ホーム/3-1)で見せた今季最後のアシストもこのパターン。こぼれ球をかっさらったかと思えば、相手のボランチを吹き飛ばしての完璧なクロスだった。イングランドのファンもしびれたでしょう。本当に豪快にして圧巻のアシストだった。とにかく、ボールを出せば無の状態からでもチャンスを作ってくれるんだから、三笘という選手そのものがブライトンのおいて立派な戦術になっていた。

山中 これまでもプレミアで縦に速いウインガーは何人も見てきたけど、そうした類の選手はドリブルで進んで、相手陣地深くまで侵入することはできる。だけど前に進めば進むほど、見た目にも段々余裕がなくなってパニックを起こし、最後のシュートかパスかという肝心の場面で崩れてしまう選手は多かった。

 ところが、三笘はプレーの引き出しが多い。さっき森さんが言ったように右足アウトサイドでの素晴らしいクロスだけでなく、ピンポイントのスルーパスも出せる。そうしたプレーも秀逸で、単にドリブルだけではないところがあるからレベルの高いプレミアで認識されました。

森 スピードがあって縦抜けできる韋駄天ならではの魅力に加えて、ボックス付近でクオリティーが高いラストパスを供給できる。いわゆる“No.10”の能力もある。そんな価値ある能力を兼ね備えてプレーに幅があるから、目の肥えた英国人のサッカーファンの印象も強く、数字以上に評価されたのだと思う。

[プロフィール]
山中 忍(やまなか・しのぶ)
1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。

page1 page2 page3

森 昌利

もり・まさとし/1962年生まれ、福岡県出身。84年からフリーランスのライターとして活動し93年に渡英。当地で英国人女性と結婚後、定住した。ロンドン市内の出版社勤務を経て、98年から再びフリーランスに。01年、FW西澤明訓のボルトン加入をきっかけに報知新聞の英国通信員となり、プレミアリーグの取材を本格的に開始。英国人の視点を意識しながら、“サッカーの母国”イングランドの現状や魅力を日本に伝えている。

今、あなたにオススメ

トレンド

ランキング