ドイツ人指導者がカタールW杯の傾向分析 上位国や日本代表で際立った「番人」、攻撃で見られた「幅」

カタールW杯について総括したドイツ人指導者クラウス・パプスト(右)【写真:中野吉之伴】
カタールW杯について総括したドイツ人指導者クラウス・パプスト(右)【写真:中野吉之伴】

ベスト4進出を果たしたモロッコは「今大会を象徴するチームだった」

 直前の準備期間がないまま大会に入るという特殊な条件があったことで、各国守備の安定感を第一に考える傾向が強かったなか、オフェンスの傾向やトレンドにはどんなものが見られたのか。

 オフェンス戦術を考える時のキーワードは「どうやって相手守備ラインのうしろにボールを運ぶのか」。ベースとして考えられるのは、ゴールライン深くまでボールを運び、そこからマイナス方向へのパスを折り返してゴールを狙うというやり方であり、特にトーナメント終盤まで残った国のサッカーでは、この取り組みに対するバリエーションが豊富で、質に優れていた。

「そうした点で、アウトサイドの選手がピッチを最大限ワイドに使おうというチームが見られたのも興味深いポイントだった。ここ最近の世界のサッカーの傾向は、ワイドいっぱいに広がってプレーするのではなく、可能な限り幅を取りながら、ボール保持者付近でパス交換ができる位置取りを作り出し、奪われてもすぐにまた奪い返しにいけるやり方を模索していた。ただ今大会ではそうした攻撃に対して、センターにおける守備のやり方が非常に手堅く、組織化されていたので、アウトサイドでの起点作りに活路を見出すやり方が増えてきていた。決勝でのアンヘル・ディ・マリアの起用法はとても秀逸だったしね」

 準備期間が少ない大会だったとはいえ、上位進出国はオフェンス時のメカニズムが整理されていた。どんな状況でも攻めるのではなく、時にボールを自分たちで落ち着けて、横パスやバックパスを上手く使いながら自分たちの陣形と状況を整え、そこから次のアタックへつなげていく。そのあたりのオーガナイズの上手さを感じさせられた。

 そんななか、アフリカ勢初となるW杯ベスト8進出を果たしただけではなく、ポルトガル代表を下してベスト4まで勝ち残ってきたモロッコ代表。優れたサッカーで世界にポジティブな驚きをもたらしたことに異論を挟む人は皆無だろう。

「モロッコの躍進は今大会最大の驚きだった。彼らは本当に優れたサッカーができるチームだった。テクニックも、身のこなしも、フィジカルも、メンタルも素晴らしく、何よりチームとしての組織が群を抜いていた。ボランチのアムラバトを中心にそれぞれの選手が、どれだけチームのために汗をかき続けていたか。あと、監督は負傷者が出ても文句を言ったり嘆いたりせずに、『自分たちには、ほかの選手がいる!』と自信を持って臨んでいたのはとても素晴らしかった。チームへのポジティブなメッセージだ。今大会を象徴するチームだったのではないだろうか」

(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)



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中野吉之伴

なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)所得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなサッカークラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国への現地取材を精力的に行っている。著書『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。

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