広島はなぜ“9度目の正直”でタイトルを獲得できたのか 優勝を呼んだスキッベ監督の哲学とクラブの“絶妙な相性”

天皇杯のタイトルを逃したあとの“青空ミーティング”が奏功

 その下地があるから、スキッベ監督のやり方が上手くいった。彼らが練習の準備を怠ることはない。そう確信したからこそ、指揮官はむしろ休みを多く与えたのではないか。サッカーから解放される時間を作り、家族や友人と過ごすことを大切にしてほしい。人生を楽しんでほしい。そう判断したのだろう。当初、2部練習も視野に入れて鍛えようと考え、クラブハウスに仮眠用のベッドも多数用意させた監督だったが、2部練習は結局、一度も行われることはなかった。

 伝統的に、広島の選手たちは真面目だ。真面目すぎるほどに、真摯にサッカーに対して考える。それはもちろん素晴らしいことではあるが、一方で堅さにもつながる。天皇杯の決勝を振り返ると、常に選手たちは緊張から堅くなり、萎縮し、自分たちの力をほとんど出せずに終わってしまったケースが多い。

 ルヴァンカップの場合も同様で、2010年は相手の圧力をもろに受けて終了間際で同点にされ、2014年は2点を先行したのにそこから守りに入ってしまって、ガンバ大阪に逆転を許した。カップ戦決勝で勝てない要因の多くは、メンタル。もちろん、実力不足などもあっただろうし、2014年元日の天皇杯決勝のようにコンディションに問題を抱えていた時もある。だが、メンタルの問題を抜きにして、カップ戦決勝8回連続敗退という現実は考えにくい。

 そしてその伝統は、今季の天皇杯決勝でも続いていた。前半から全くらしくない闘いが続いて失点。延長後半のPK失敗やPK戦のことが取り沙汰されているが、スキッベ監督は「前半の不出来を取り返すことができなかった」と語る。

 これで9回連続の決勝敗退。「誰が決勝で勝てないというジンクスを作ったんでしょうか」と荒木隼人が嘆くほどの状況に対して、指揮官はどう対処したか。

 違うことは1つ。いつもはクラブハウスの中でやる試合の振り返りを、青空の下でやったことだ。そして彼はこう語った。

「今季最悪の前半だった。でもね、我々は何も失っていない。もともと、カップは手に入れていなかった。ルヴァンカップだって、まだ手の中にない。(負けたとしても)失うものなんてないんだ。過去は変えられないが、未来は創ることができるんだよ」

 試合の映像を見せるわけでもなく、細かくダメだったところを指摘するのでもなく、短い言葉でメンタルに訴えかけた。

 スキッベ監督はいつも言う。

「ミスをした選手が一番、責任を感じている。大切なのは、選手に前を向かせること」

 その指導コンセプトは、ここでも発揮された。ずっと敗戦を引きずっていたという塩谷司は「監督の言うとおりだと思った。前を向かないといけない」と決意し、野津田岳人も「監督の言うとおり、自分たちは何も失うものなんてない。チャレンジャー精神でいくしかないんだ」と覚悟を決めた。柏好文も「振り返っても過去は変えられない。前を向いて勝利を手にできれば、喜びも倍増する」と言葉を吐き出した。

中野和也

なかの・かずや/1962年生まれ、長崎県出身。広島大学経済学部卒業後、株式会社リクルート中国支社・株式会社中四国リクルート企画で各種情報誌の制作・編集、求人広告の作成などに関わる。1994年からフリー、翌95年よりサンフレッチェ広島の取材を開始。以降、各種媒体でサンフレッチェ広島に関するリポート・コラムなどを執筆。2000年、サンフレッチェ広島オフィシャルマガジン『紫熊倶楽部』を創刊。著作に『サンフレッチェ情熱史』『戦う、勝つ、生きる 4年で3度のJ制覇。サンフレッチェ広島、奇跡の真相』(ともにソル・メディア)。

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