シュツットガルト遠藤航が刻んだ偉大な功績 「もう残留は無理だ」の声から劇的展開へ、宙を舞う日本人の姿に抱いた思い

遠藤が胴上げされるシーン【写真:ロイター】
遠藤が胴上げされるシーン【写真:ロイター】

【ドイツ発コラム】1部残留を懸けた大一番、キャプテン遠藤航が大仕事

 長いシーズンにはどんなチームでもいくつかのターニングポイントがある。日本代表MF遠藤航とDF伊藤洋輝がプレーするシュツットガルトにとって重要になった1つのポイントは第31節ヘルタ・ベルリン戦後のリアクションだったのではないだろうか。

 30節終了時でヘルタが15位でシュツットガルトが勝ち点1差の16位。直接対決で勝利すれば一気に逆転できるというこの大事な一戦で、シュツットガルトは0-2で敗戦してしまう。立場を逆転させるどころか逆に勝ち点差を4へ広げられるという一番やってはいけない結果だ。残り試合はわずか3試合。極めて厳しい状況になった。

 試合結果もそうだが、問題とされたのは前半の試合内容。不甲斐ない戦いぶりに地元紙からも痛烈な批判が集まった。メディアでは監督の去就も盛んにディスカッションされるようになった。SNSでは「これでもう残留は無理だ」というファンの声で溢れていく。

 そんななかヘルタ戦後の記者会見で、これまでどんなことがあっても公の場で選手の出来について悪くは語らなかったペレグリーノ・マテラッツォ監督がぴしゃりと言い放った。

「今週のトレーニングが良い出来だったとか、試合前の控室で声を出し合って良い雰囲気だったとかはもういらない。大事なのは試合でパフォーマンスを発揮できるかどうかだ」

 監督からのメッセージは選手にもしっかりと届いたことだろう。言い訳なんてしてられない。まずはピッチ上で自分たちができる全力を見せていかなければならない。負けを重ねても、不甲斐ないパフォーマンスの試合があっても、スベン・ミスリンタートSD(スポーツディレクター)のマテラッツォ監督への信頼が崩れることはなく、どんな時でも全力のバックアップを口にしていたのは大きい。チームは苦しい状況で手を取り合い、お互い心から支え合うことで苦難を乗り越える力を手にすることができる。

 続くヴォルフスブルク戦では、終了間際にMFクリス・フュルリッヒの同点ゴール、そして第33節バイエルン・ミュンヘン戦でもリーグ王者相手に2度のリードを許しながらも追いついて勝ち点1を手にできた。

 特にバイエルン戦は相手よりも多くのチャンスを作り、勝ち切るチャンスさえあったほど。この試合で勝ち取ったのは勝ち点だけではない。勝ち点の計算はもういらない。目の前の試合に全力で立ち向かい、勝利をものにするだけだ。

 迎えた最終節のケルン戦。シュツットガルトが勝ってヘルタが負けたら逆転で残留が決まる。それ以外は入れ替え戦。分かりやすい図式だ。

「Gemeinsam zum Klassenerhalt」

 試合前のゴール裏にはドイツ語でこう書かれた横断幕があった。

「力を合わせて残留を!」

 ファンの大声援が響くなか、スプリングラーのシャワーが芝生を潤し、そのしぶきに虹がかかる。そしてシュツットガルトは、サッカーの歴史に新たな物語を刻み込む戦いに挑んだ。

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中野吉之伴

なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)所得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなサッカークラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国への現地取材を精力的に行っている。著書『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。

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