ドイツ、米国両代表コーチとしてW杯2大会を戦った1人の日本人 チーム内部から見る一流のマネジメントとは

「自分は1週間、7日間、一日24時間、いつでも電話を取れるようにしておく」

――専門性の高い人が多くいることによるデメリットはありましたか?
「専門家をまとめる難しさはあるかもしれません。各分野のトップレベルの専門家たちが集まっていて、1つの職種に対して必ず1人というわけでもありません。例えばフィットネストレーナーは複数いますし、代表には3人のメディカルドクターがいます。いろんな考え方を持った人間たちが1つのことに向かって仕事をするので、意見を集約するために労力を掛けるということが自然と発生してしまいますね」
――クリンスマン監督やレーブ監督は、そこでどういったことをされたのでしょうか。
「ドイツに関しては、同じドクター、同じフィジオセラピスト、同じスタッフで長年やってきています。だからこそ、スタッフ内でのヒエラルキーが決まっています。メディカルチーム内でミーティングを行い、最終的にそれを監督に伝えるのはファーストドクターです。メディカルチームの中で意見の相違があっても、最終的にはファーストドクターの判断で決まる。だからぶれない。
 逆に米国代表では、クリンスマンが就任してから私も含めて新しいスタッフがたくさん入りました。既存のメディカルトレーナー、用具係、広報担当がいる中で、新たにフィットネストレーナーやフィジオセラピストなども加わり、新しいチームが出来上がった。そこで初めて顔を合わせた者同士が、どう仕事をしていくか。スタッフをまとめるという意味でも、かなりの時間を割きました。クリンスマンの場合は頻繁にミーティングを行いました。それこそ週に1回くらい。彼の住んでいるロス近郊の場所に集まり、次の遠征やキャンプに関する会議を重ねました」
――印象に残ったミーティングはありますか?
「突出したものは特に無いです。あまりにもミーティングの回数が多過ぎて(笑)、全てを覚えていないというのが正直なところですね」
――選手のまとめ方に関しては、2人の違いはありましたか?
「ドイツ代表に関しては、コーチングスタッフとして常に行動を共にしていたわけではなく、私はメディカルやフィジカルコーチのまとまりにいたので、実際レーブがどのようなコミュニケーションを取っていたか分からない部分も多い。ですが、おそらくクリンスマンの方がまめに選手個人とコミュニケーション取っていたと思います。
 よく彼が選手たちに言う言葉があります。『自分は1週間、7日間、一日24時間、いつでも電話を取れるようにしておく。何か質問や心配なことがあれば、すぐに電話しろ』と。選手と電話で話したり、監督の方からもよく選手に電話をかけたりしていました。ネガティブな内容の話であっても、面と向かって話すことに関しては全く問題なくやる指導者です。自分の思っていることを、全て正直に選手に伝えることを大切にしていました。周りのスタッフを使うのではなく、選手1人ひとりに対し、本当に自分が直接話していました。
 クリンスマンは選手やスタッフの化学反応を重視しますし、選手とスタッフのバランスも大切にしています。仕事内容だけではなく、どういうふうに選手と関わっているのか、毎日の仕事の中で1人ひとりがやるべきことをちゃんとやっているのか。そういう点にも目を向けていました

――それぞれの監督で、印象に残っている言葉はありますか?
「レーブ監督は、10年南アフリカW杯準決勝でスペインに負けた試合のハーフタイム中、選手たちに『何をビビってんだ、何を恐れているんだ』と言い、『もっと自分たちのサッカーをやらないといけない』ということを、かなり強い口調で言っていたことが印象的でした。面白いなと思ったのは、ここからです。今回のW杯で米国がドイツと試合をしたとき、無意識にずるずると下がって完全に受け身の試合をしていたんです。そこで、クリンスマンも同じ内容の言葉で選手たちを怒鳴りつけました。『何をビビってんだ』と。
 4年越しで別のチームにいて、ともに格上との試合だったけれども、2人は選手たちが精神的に相手をリスペクトし過ぎていると感じ取ったんでしょうね。米国はドイツをリスペクトし過ぎていたし、ドイツはスペインをリスペクトし過ぎて負けてしまった。それが印象的でしたね」
――やはり、2人は長年一緒にいたからでしょうか?
「戦術うんぬんではなく、精神面で相手をリスペクトし過ぎることが恐れに変わってしまう。それは、どのようなレベルであっても起こり得るのかもしれません。今回のW杯における米国は、格上相手の試合が多かったので、そういう意味ではクリンスマンは『勝ちに行くんだ』とか、『勝てるゲームだ』と何回も言っていました。気持ちの面で、選手に引き分けで良いと思わせないような刷り込みを徹底しているようにも思いました。まとめ方に違いはあっても2人は共通して、リーダーとしてチームを導くことを意識していたのかもしれません」
◆咲花正弥(さきはな・まさや)
1974年6月13日、東京都生まれ。01年から米ニューヨーク州のイサカカレッジ大学院で運動生理学を学び、03年から米アリゾナ州に本部を置くアスリーツ・パフォーマンス(現エクソス)でスタッフとして勤務。08年からドイツ代表、11年から米国代表でフィットネスコーチを務める。
◆ユルゲン・クリンスマン
1964年7月30日、ドイツ生まれ。現役時代はドイツ代表FWとして108試合出場、47得点を記録。引退後の04年にドイツ代表監督に就任し、06年の地元開催のワールドカップで3位へと導く。08年にバイエルンを率いた後、11年から米国代表監督に。ブラジル大会では2大会連続の16強に進出させた。
◆ヨアヒム・レーブ
1960年2月3日、ドイツ生まれ。現役引退後、シュツットガルト監督などを経て、04年ドイツ代表のヘッドコーチに就任。06年からクリンスマン監督の後を継いで代表監督に就く。08年ユーロで準優勝、10年南アフリカ大会で3位、12年ユーロでベスト4入り。今夏のブラジルで、母国を24年ぶりの優勝に導く。
【了】
サッカーマガジンゾーンウェブ編集部●文 text by Soccer Magazine ZONE web

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