涙のクロップと選手の厚き信頼 リバプールの“独走”優勝を生んだ「ミスを肯定する」哲学

クロップ監督が「ミスを肯定する」からこそ生まれた逆転劇の数々

 開幕当初、英ブックメーカーは今季もシティを優勝の本命にした。それはやはり、ポゼッションを支配するテクニカルなサッカーのほうが、結果が安定するからだろう。

 確かにボールを支配すれば相手にチャンスを与えないし、決定機のクオリティーもグアルディオラのシティに軍配が上がるのかもしれない。しかし今季のリバプールは、そんな“安定”に反逆するかのように、何度ミスを重ねようと、執拗に、怒涛のように、試合が終わる最後の最後の瞬間まで、ゴールを目指すサッカーをした。だからこそ、先制された6試合中4試合を逆転し、1試合を引き分けに持ち込んだ。

 その最たる試合が、昨年11月2日の第11節アストン・ビラ戦。1点をリードされて後半42分に追いつき、サディオ・マネがアディショナルタイム4分に決勝弾を決めた。

 話は前後するが、ベテランのジェームズ・ミルナーがアディショナルタイム5分にPKを決めた10月5日のレスター戦(2-1)も忘れられない。まさに見ているだけで体がガチガチに凝り固まるような重圧がかかった場面で、ミルナーは事もなげに決勝点をもぎ取った。

 この精神力の源に何があるのか。それはドイツ人闘将の猛練習に耐え、強靭な体力を身につけ、ゲーゲンプレスを体得した選手だけに許される「監督の寛容」とでも言えばいいのか。

 クロップは、「サッカーにミスはつきもの」と考える監督なのである。だからどんな決定機でゴールを外しても、どんなにみっともないクリアミスで失点しても、クロップは許す。そのミスを取り返す体力はあるはずだ、さあ、何度でも挑んで、自分のミスを取り返せばいい――。

 現代の欧州トップレベルのサッカーで、選手にかかるプレッシャーは一体どれほどのものだろうか。大袈裟ではなく、一つのミスが選手のサッカー人生を狂わすこともある。

 しかしリバプールのボスは、“人間のやることに失敗はつきもの”とミスを肯定する。だからサラーやマネが、そしてロベルト・フィルミーノが、いとも簡単なチャンスを逃しても、あっと驚かせるようなスーパーゴールでミスを取り返してしまう。リバプールの選手にとって、失敗は恐れるものではなく、取り返すものなのだ。

 しかもクロップは、自分が鍛えた選手をとことん信頼する。

森 昌利

1962年生まれ、福岡県出身。84年からフリーランスのライターとして活動し93年に渡英。当地で英国人女性と結婚後、定住した。ロンドン市内の出版社勤務を経て、98年から再びフリーランスに。01年、FW西澤明訓のボルトン加入をきっかけに報知新聞の英国通信員となり、プレミアリーグの取材を本格的に開始。英国人の視点を意識しながら、“サッカーの母国”イングランドの現状や魅力を日本に伝えている。

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