韓国の英雄、Jリーグ時代の恩師が若き日を回想 「驚くべきこと」と称えた才能とは?

2002年ワールドカップ時の元韓国代表MFパク・チソン【写真:Getty Images】
2002年ワールドカップ時の元韓国代表MFパク・チソン【写真:Getty Images】

京都でプロキャリアをスタートさせたパク・チソン、エンゲルス監督が当時を振り返る

 なでしこリーグ(日本女子サッカーリーグ)に所属するINAC神戸レオネッサのゲルト・エンゲルス監督が、アジアサッカー連盟(AFC)公式サイトの取材に応じ、京都パープルサンガ(現・京都サンガF.C.)を率いていた当時に指導した元韓国代表MFパク・チソンにまつわるエピソードについて語っている。

 U-23韓国代表にも招集されるなど、母国で期待の若手の1人と目されていたパク・チソンは、2000年6月に京都へ入団し、日本でプロサッカー選手としてのキャリアをスタートさせた。「彼はまだ若かったが、プレーの安定感は抜群だった。常に動き回り、ほとんどミスをしなかった。好不調の波もなくて、それはあの年齢の選手としては驚くべきことだった」と、エンゲルス監督は入団時のパク・チソンの様子について語り、同選手が加入して早々に非凡な才能を見せていたことを明かしている。

 日本語の語学力による問題から、加入当初のパク・チソンはあまりチームメートとピッチ上で言葉を交わすこともなく黙々とプレーしていたが、徐々に良好な関係を築いていったという。努力の積み重ねで習得した日本語は相当なもので、当時のチームメートとは今でも日本語で連絡を取り合っているという。

 また、母親が韓国からやってくるのが当時のパク・チソンにとっては何よりの楽しみだったようで、「母親が来た時の彼は、幸せそうだった。『お母さんが来ると、お前はいつも1、2キロ太るよな』とよく彼にジョークを言っていたんだ」と、エンゲルス監督も懐かしそうに当時を振り返っている。

「彼はスポットライトの当たるスター選手ではなかったが、監督から好かれるタイプの選手だった。そこにいることでみんなの注意を引き付けるのではなく、いない時に周囲の人々がその重要性に気づくという選手であり、監督はそういう選手を好むんだ。戦術的なタスクを与えれば、それを達成しようと努力する。一生懸命働き、決して不満を口にしない」

 そう評したパク・チソンは、その後PSVを経て2005年にマンチェスター・ユナイテッドに加入。主力選手として活躍し、アジアを代表するレジェンドの1人となった。「彼が京都に来た時、『将来はユナイテッドのキープレーヤーになるだろう』なんて、絶対に言わなかったと思う」とその後のキャリアに驚きを見せたエンゲルス監督だが、京都在籍時に積み重ねた努力と成功体験が、同選手のその後のサクセスストーリーにつながったのかもしれない。

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(Football ZONE web編集部)


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