華々しさだけが欧州サッカーではない 日本人指導者が語る中小クラブに学ぶこととは?

モラス雅輝氏【写真:中野吉之伴】
モラス雅輝氏【写真:中野吉之伴】

降格してもスタッフの給与はカットせず「トップ選手の費用をカットする」

 結果とは数字上のことだけではない。例えば育成クラブであるフライブルクが1部残留は果たしたけど、ベテランばかりを起用して若手を使わなくなったらクラブとしての存在価値がなくなってしまう。そこをきちんと見える人がどのくらいいるのかが、クラブの基盤を確かなものにするためにとても重要になる。

 インスブルックもそうだ。今季は2部リーグに降格となってしまったが、人件費が1部リーグで最も少ないという事情もあり、クラブ関係者もある程度は覚悟をしていた。モラスも次のように語る。

「今の予算とスポンサーの数とかを考えると、昔のようにベスト3とか、ヨーロッパリーグ、チャンピオンズリーグを狙うというのは無理。現時点では。だからビジョンとしては3、4年かけて新しいトレーニングセンター、トップと育成とセカンドみんな使える育成センターを作って、クラブとしてのベースをちゃんと作ってからトップの人件費を増やして、またブンデスリーガで上位を目指したい。だから野心がないわけではないんですけど、これからの3年間は無理やりトップにお金を費やしてでも昇格を目指さなくてもいい、というのが経営陣の考え。

 育成部門を強化していく。その一環として女子も入っている。クラブは女子も育成部門も、そのほかクラブのマーケティングや広報といった社員・スタッフは一切カットせず、全体の収入が減る分、トップの選手にかかる費用をカットするというやり方を取っています。全部をネガティブには捉えない。今まではトップチームが1部で、セカンドチームが2部。育成アカデミー卒業の選手が17、18、19歳ですぐ2部リーグでプレーできて、そこからトップに引き上げてという流れが少しずつできていたんですね。今度はトップチームが2部に落ちたので、セカンドチームは3部でプレーすることになる。2部、3部という環境にいることを逆に生かして、若い選手にはどんどん経験を積んでもらって、彼らが21、22歳になった頃に1部昇格を狙うというビジョンがあります」

 モラスが指摘するように、クラブにおける立ち位置、目標、進むべき将来像を理解したうえで、「ではクラブに必要な人材はなんだろうか、良い指導者とはどんな指導者だろうか」ということを知っている人が、クラブの上にいることはすごく大事だ。社長、GM、強化部長といった首脳陣が、「どういうサッカーをやりたいのか、どんなクラブでありたいのか」というクラブとしての共通ビジョンを描けているかどうか。

 適性を見抜き、これが必要だと論理的に捉えることができて、今のクラブにはこういう指導者が、人材が必要だからということでリサーチをかけていく。華々しい世界ばかりを崇め見るのではなく、こうした彼らの歩み方から真摯に学べることは多いのではないだろうか。(文中敬称略)

(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)



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中野吉之伴

なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)所得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなサッカークラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国への現地取材を精力的に行っている。著書『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。

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