鹿島戦を前に「ちょっと震えていた」 古巣戦で技あり弾…ゴール後に響いたブーイングは「しょうがない」

福岡の師岡柊生【写真:徳原隆元】
福岡の師岡柊生【写真:徳原隆元】

今季鹿島から福岡に移籍した師岡柊生

 今シーズンの開幕前に鹿島アントラーズからアビスパ福岡へ電撃的に加入した師岡柊生(しゅう)が、古巣相手に待望の移籍後初ゴールを決めた。愛着深い敵地・メルカリスタジアムへ凱旋した22日のJ1リーグ第3節。一時は同点に追いつく一撃を決め、鹿島のファン・サポーターからブーイングを浴びた25歳のアタッカーは、最終的に2-3で屈した鹿島に募らせる恩を成長への糧に変えながら新天地での存在感を増していく。(取材・文=藤江直人)

【PR】DAZNを半額で視聴可能な学生向け「ABEMA de DAZN 学割プラン」が新登場!

 身体に起こっていた異変に初めて気がついたのはキックオフの直前だった。アビスパ福岡の右シャドーとして、百年構想リーグまでは自分にとってホームだったメルカリスタジアムに凱旋した師岡柊生が笑う。

「本当にすごいスタジアムだとあらためて感じました。何だかちょっと震えていたんですよ」

 つい数か月前までは自分の背中を力強く後押しし、鼓舞してくれた鹿島アントラーズのファン・サポーターの大声援がビジターチームを心身両面で畏怖させる。6月に鹿島から福岡へ完全移籍した師岡が続ける。

「けっこう緊張していたんですね。あまり緊張とかしないタイプなんですけど、今日だけはまったく違っていたというか。このスタジアムでプレーするのは、やはり特別なものがあるんだなと感じていました」

 実は武者震いが止まらなかったのかもしれない。7月中旬に発表された秋春制へ移行する新シーズンの日程。ホームのベスト電器スタジアムにヴィッセル神戸、セレッソ大阪を迎えた直後の第3節に師岡は目を奪われた。

 古巣の鹿島戦が組まれている。場所は愛着深いメルカリスタジアム。しかも相手の最終ラインには、小学校4年生のときに招集された八王子市選抜で初めて出会い、中学校時代にはFC多摩ジュニアユースで共闘。その後は別々の道を歩みながらも、2023シーズンから再びチームメイトになった関川郁万がいる。師岡が続ける。

「(対戦が)早いな、と思いながらも楽しみだな、という感じでいました」

 緊張なのか興奮なのかがわからないほど気持ちを高ぶらせていた師岡の存在が、鹿島の脅威に変わったのは主導権を握りながらもオウンゴールで先制点を献上。その後も福岡が攻勢を緩めなかった前半43分だった。

 敵陣の左サイドでこぼれ球を拾った福岡の前田快がそのまま中央へ切れ込み、迷わずに利き足の右足を一閃。弧を描かせた強烈なミドルシュートは、右へダイブした鹿島の守護神・早川友基が何とか弾いた。

 敵味方のほぼ全員がボールウォッチャーとなっていた状況で、誰よりも早く反応したのが師岡だった。自身をケアしていた鹿島の左サイドバック、小川諒也の死角を突く形で相手ゴール前へ詰めていく。

 右足をワンタッチさせたシュートが早川の股間を射抜く。師岡がシュートを打ってくると察知し、無人と化したゴールのカバーに走っていった関川もわずかに間に合わない。幼なじみの右足をかすめてゴールネットを揺らした、移籍後3試合目にして初めて決めたゴールを、関川は「普通にうれしかったですね」と振り返った。

「(関川の姿は)見えました。何だかスローモーションに感じられていたので」

 いまも古巣に感じている恩を力に変えた。山梨県の日本航空高校から進んだ東京国際大学の最終学年だった2022年の秋。卒業後の加入を勝ち取っていたジュビロ磐田から、仮契約の取り消しを告げられた。

 ブラジル出身のファビアン・ゴンザレスとの契約規律違反が判明した磐田が、国際サッカー連盟から新規の選手登録禁止処分を科された非常事態に伴う措置。しかし、失意の状況でオファーを出してきた鹿島への加入が急転直下で決まり、FC多摩ジュニアユース以来、実に8年ぶりとなる関川との共闘も決まった。

 ゴール前の動き出しで異能ぶりを発揮するアタッカーは、2年目の2024シーズンには32試合に出場して3ゴールをマーク。関川も「独特のプレーをするし、次に何をしてくるか、本当にわからないんですよ」と相手ゴール前での存在感を称賛していた矢先の昨年4月。左アキレス腱を断裂する大怪我で長期離脱を余儀なくされた。

 手術をへてリハビリに入った師岡は、このときも自身の体に生じていた異変に気がつき愕然とした。右足と比べて大怪我を負った左足が明らかに痩せ細っている。復帰を目指す師岡の脳裏にこんな思いが浮かんだ。

「またサッカーができるようになるのかな、と」

 左足の筋肉量を増やすメニューを意図的に組んでもらい、復帰への不安を打ち消してきた。ほぼ同じ時期に大怪我を負い、戦線離脱中だった関川や安西幸輝と励まし合いながら必死に前へ進んできた。

 4月12日の川崎フロンターレとの百年構想リーグ地域リーグラウンドEAST第10節で復帰を果たした師岡は、最終的にはプレーオフラウンドを含めて11試合に出場。3ゴールを決めて自信も回復させた。

 サイドハーフでの起用が多かったなで、主戦場と自負する相手ゴール前で勝負したいという思いが膨らむ。福岡への移籍が決まった6月17日。師岡は鹿島の公式ホームページでこんな3年半に抱いた感謝の思いを綴った。

「チームメイト、スタッフ、そしてファン・サポーターの皆さんが支えてくれたからこそ、もう一度ピッチに立つことができました。苦しいときにかけてもらった言葉や応援は、一生忘れません。このクラブで学んだこと、経験したことを胸に、次のステージでも覚悟を持って挑戦していきます」

 このときから心待ちにしていた鹿島との初対戦は、1-1で迎えた後半にレオ・セアラ、チャヴリッチの連続ゴールで一気に突き放した王者が、福岡の反撃をオウンゴールの1点に抑えて開幕3連勝を飾った。

 自らの同点ゴール後に響いたブーイングに、師岡は「しょうがないですね」と苦笑しながらこう続けた。

「決めきる力はやはり鹿島のほうが上だったし、特に後半はシンプルに強いな、と思っていました。いろいろと感じるものはありましたし、やはり特別な思いというものもあるんですけど、いざゲームになったらそんなに考えすぎずにサッカーができたのかな、と。試合は負けてしまいましたけど、楽しかったです」

 試合後には鹿島のロッカールームを訪ね、関川らとお互いの近況を報告する会話に花を咲かせた。もっとも、再会と新天地での初ゴールは通過点。鹿島戦で移籍後初の先発フル出場を果たした師岡は、右シャドーのポジションで放つハードワークと得点感覚にさらに磨きをかけて、福岡を勝たせる存在へと自らを昇華させていく。

page1 page2

藤江直人

ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。

今、あなたにオススメ

トレンド

ランキング