求めるのは「突出した能力が育つ環境」 英国責任者が目指す世界基準…重要なのは「試合で何を起こせるか」

イングランド代表育成責任者ティム・ディットマー氏の講演から見つけた育成のヒント
ワールドカップが終わるたび、日本では決まって同じ言葉が聞かれる。
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「もっと個を育てなければならない」
その指摘は、おそらく間違ってはいない。しかし、その言葉を耳にするたびに、一つの疑問を抱く。そもそも「個」とは何だろうか。
ドリブルがうまい選手のこと? 一対一に強い選手? フィジカルに優れた選手? それとも技術の高い選手?
そしてどこまで成長したら「個が育った」と言えるのだろう。育成年代の指導者であれば、一度は考えたことがある問いではないだろうか。
その問いに対するヒントを、イングランド代表育成責任者ティム・ディットマーの講演から見つけることができた。ドイツのマインツで開催された国際コーチカンファレンスに招待された彼は、イングランドにおける育成の現状について、熱量いっぱいに語ってくれた。
近年のイングランドは、ジュード・ベリンガム、デクラン・ライス、ブカヨ・サカなど、世界トップレベルで活躍する若い選手を次々と送り出している。その背景には、「世界で戦える個」をどのように定義し、どのように育てるのかという明確な思想があった。
講演の途中、ディットマーは参加者へこんなワークを出した。カンファレンス参加者はドイツサッカー協会公認A級、プロコーチライセンス取得者ばかり。
「皆さんが好きな選手を思い浮かべてください。そしてその選手を3~5個の言葉で表してください」
会場では数分間、隣同士で意見を出し合う時間が設けられた。
「極端な能力を持っている選手」「人と違うアイディアを持っている選手」「試合の流れを変えられる選手」「相手が最も嫌がる武器を持つ選手」「この選手ならではのプレーを持っている選手」
ディットマーはそんな言葉を挙げながら、最後にこう結論づけた。
「このワークをすると、多くの人は『あの選手が自分に与えてくれた感動』を思い出します。今、挙げたような能力ですよね。私たちもそうです。そうした選手が出てきてほしい。だから私たちは、『Extreme Capabilities(突出した能力)』が育つ環境を作りたいのです。『パスがうまい』『ヘディングが強い』『守備がいい』という言葉では何も伝わりません。重要なのは、その選手は試合で何を起こせるのか。という視点なんです」
そしてプレミアリーグのとある育成アカデミーでプレーする17歳の選手の映像が紹介された。相手を一方向へ誘導し、身体の向きを変え、フェイントを入れながら一気に局面を打開していくプレーが次々に映像に映し出される。
「もし私たちが、この年代の選手へ『とにかくパスを回しなさい』と教え続けたら、どうなるでしょうか。もちろん、パスは重要です。私たちも大事にします。しかし、そればかりを教えれば、一人で局面を変えられる能力を失うかもしれない。逆に『ドリブルだけしなさい』というのも違います。それではサッカーの流れがわからない選手になってしまう」
印象的だったのは、心理・社会面についての話だった。ディットマーは、世界で活躍する選手に共通する資質として、「逆境に強いこと」「本気で勝ちたいという思いを持っていること」「内側から湧き上がる競争心を持っていること」を挙げた。
技術や戦術だけでは、世界では勝てない。どんな状況でも自分の武器を発揮しようとする意思や、困難を乗り越えようとする姿勢まで含めて、一人の選手として育てようとしている。
「選手の可能性を狭めたくないのです。むしろ、私たちが想像もしなかったような創造性を発揮してほしい。そして、その選手自身の持つ長所を最大限まで伸ばしてほしい。チームプレーとのバランスは簡単ではない。それはサッカーをしたことがある人なら誰にでもわかるはずです。それでもそこに挑戦し続けなければ、選手が覚醒する機会を作り出すことはできないんです。
例えば3対2、2対2、1対1といったトレーニング。こうした局面では、選手に『何か違うことをやってみよう』という気持ちを持たせたい。思い切っていて、個性的で、遊び心があって、観ている人が立ち上がるようなものであってほしいのです。さらに、守備でも『何としてもボールを奪いたい』『完璧に奪いきって鋭い攻撃がしたい』という強い意欲を持っていてほしいですね」
何をやってもいいわけではない。サッカーはチームスポーツだ。だが、実際にワールドカップのような大舞台では、チームの中で局面を変えられる選手が必要になる。だからイングランドは「突出した能力」という言葉を使うのだろう。
講演後の質疑応答ではこんなやり取りがあった。
「ワールドカップ優勝のために、今のイングランドに足りないものは?」
北中米大会でイングランドは、準優勝したアルゼンチンをあと一歩のところまで追い込みながら、勝ち切ることができなかった。ディットマーは少し考えてからこんな風に話をまとめた。
「一番大切なのは、大舞台でも、自分たちのスタイルを信じ切ることです。ビッグゲームになると、どうしても消極的になったり、安全なプレーを選びたくなります。しかし、ボールを持っても持たなくても、自分たちが主導権を握る。攻撃的であり続ける。それを信じ切れるようになれば、ワールドカップ優勝へもっと近づけると思います。
私が明日イングランドへ帰れば、また次の世代を育てる仕事が始まります。いつか、デクラン・ライスの代わりが必要になります。ハリー・ケインの代わりも必要になります。ジュード・ベリンガムの後継者も育てなければなりません。皆さんも同じです。育成年代の指導者として、今のスター選手の次の世代をどう育てるのか。それは大変な仕事ですが、とてもワクワクする仕事でもあります」
翻って日本の現場はどうだろうか? 若い選手たちはどれくらい思い切りチャレンジできているだろうか? チャレンジしたこととどのように向き合っているだろうか? どんなフィードバックを受けているのだろうか?
「個を育てる」という言葉を、僕達はあまりにも簡単に使ってきたのかもしれない。本当に育てたいのは、「個人プレーができる選手」ではないのに。
チームの中にいながら、誰にも真似できない武器を持っている選手。そして、その武器を大舞台でも信じて発揮できる選手だ。まだ見えていない可能性を信じて、選手自身が「自分は何者なのか」を見つけていく。その過程を支えてほしい。
指導者が選手を完成させるのではない。(敬称略)
(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)

中野吉之伴
なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)取得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなクラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国で精力的に取材。著書に『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。



















